インタビュー

「ゼロから物事を起こすエネルギーが日本を変える」
日本財団×ImpacTechがスタートアップを支援する理由

日本財団 花岡隼人氏とImpacTech Japan ファラ・タライエ氏

日本財団の創業支援プログラム「ソーシャルチェンジメーカーズ」(SCM)。ビジネスのイメージがない日本財団がなぜスタートアップ支援を始めたのか。そこにはどんな人々が集まり、何を目指しているのか。プログラムを運営する日本財団・花岡隼人氏とImpacTech Japanのファラ・タライエ氏が語る。

ソーシャルチェンジメーカーズ(SCM)を始めた理由

SCMの様子
SCMの講義の様子

花岡:これまで、日本財団はソーシャルイノベーションを推進するための活動を行ってきました。日本財団は設立から非営利組織の方と仕事をしてきており、ソーシャルイノベーションの現場でもその原則は変わっていません。一方で、ビジネスの世界でも社会課題に取り組んでいる方々はたくさんいるのに支援できていない。日本財団としても変わっていかなければいけない。こうした思いから、SCMを立ち上げました。

SCMとは…

社会課題の解決に挑む創業初期(シード期)のスタートアップを対象とした創業支援プログラム。2019年4月から、シンガポールのアクセラレーター「ImpacTech」と日本財団が共同で運営。実施期間は約4カ月で、専門家による講義やワークショップを通じて、戦略・人事・広報・財務といった会社経営の基礎や、投資家へのプレゼンテーションの手法を学ぶことができる。これまで3期開催され、約30社のスタートアップが参加。2021年3月から開催されている4期には、約70社の応募から選ばれた12社が参加している。


花岡:特にスタートアップの支援に着目したのは、ゼロから物事を起こすエネルギーが、今の日本にはとても大切だと感じているからです。高齢化や人口減少、男女格差、貧困家庭の増加……など、日本はさまざまな社会課題に直面しています。それらの社会課題を既存のシステムや制度の延長線上だけで解決していくことはなかなか難しいように思います。既成概念に捕らわれることなく、高いバイタリティと大きなビジョンを持ったスタートアップなら日本を変えられるのではないか。そんなスタートアップを微力ながら支えていきたいと思っています。

日本財団 花岡隼人氏

ファラ:スタートアップを対象とした「アクセラレータープログラム」は、大手企業やベンチャーキャピタル(VC)も開催しています。大規模なものになると参加企業は100社を超えます。でも、それだけ参加企業が多くなってしまうと、どうしても綿密なコミュニ ケーションを取るのが難しくなってしまいますよね。私たちは、参加者と家族のような関係を築きたいという思いから、参加企業を10社程度に限定しています。

SCMの魅力の一つは、「ソーシャルイノベーション」という共通の目標を持つ仲間と助け合い、刺激し合えることだと思います。「急成長してお金を稼ぎたい」という人よりも、ソーシャルイノベーションを目指す仲間と協力して社会をよくしたいという人にマッチしたプログラムです。

大事にしている「グローバルな視点」

ファラ:SCMは日英の両言語で実施しています。海外の投資家へのプレゼンテーションの方法も教えていますし、グローバル目線を養う目的でメンターの8割を外国の方にしています。AmazonやGoogleに勤めている方のほか、医療、金融、建築、IT……など、幅広いバックグラウンドを持つ専門家の方々にメンターとして協力いただいています。そうすることで、海外とのつながりも意識できるようになっています。

正直、日本ではスタートアップへの投資はまだ少なくて、VCであっても「プロダクトがほぼできあがっている」「過去に実績がある人が経営している」など、短期で利益をあげる 確実性の高いスタートアップを投資対象として選ぶ傾向があるように思います。社会課題に取り組むスタートアップの場合、5年、10年先の社会的インパクトを見据えているので、短期で成果を出すのは難しく、さらに投資対象になりにくいという現状があります。

一方、海外では、アイデアの斬新さ、社会に与えるインパクトの大きさ、成功したときのリターンの多さなどを重視して投資先を選びます。確実性は二の次で、失敗することも恐れません。スタートアップを積極的に支援する「エンジェル投資家」もたくさんいます。

花岡:たしかに、海外の投資家の方々と話していると、ビジネスの細かいロジックや戦略よりも、ただジッと相手の目を見て、夢がデカいか、最後までやり遂げられそうか、魂に問いかけるような質問を2~3つして、半ば直観的に投資先を決めているような気がします。

SCMの最終日には実際に投資家に向けたデモデイ(短いプレゼンテーション)があります。昨年は新型コロナの影響のため、オンラインで実施したところ、インドや中国の投資家から問い合わせがきたスタートアップもありました。SCMを通して、グローバルな視点を磨き、海外の投資家とのつながりが広がれば、さらに大きな社会的インパクトが生み出せるのではないかと思います。


※SCM3期スタートアップのデモデイ

社会課題に取り組むスタートアップならではの“悩み”を共有する

花岡: 社会課題に取り組むスタートアップには、「社会課題解決」と「経済的な利益」の間で悩む方が多いです。先輩の起業家や投資家から、「そのアイデアや技術をソーシャルイノベーションではなく、もっと簡単に利益を確保できるビジネスに利用したほうがいい。ビジネスモデルを変えたほうがいい」などと言われることもあると聞きます。たしかに、会社を存続させるには利益も上げなければいけない。すると次第に、「社会課題解決は他の誰かに任せて、自分は利益を追求して……」という思いがよぎる瞬間もあるかもしれません。しかし、目の前の短期的な成果だけを追いかけすぎてしまうと、社会課題の解決からは遠のいてしまいます。

そうして思い悩んでいる方にこそ、ぜひSCMに来てほしいです。すぐにその悩みが解決されることはないかもしれません。でも、SCMで得られる「知識」や「仲間」、日本財団がもつ「情報」や「ネットワーク」が必ず役に立つと思います。悩みを共有して、解決に役立ちそうなものをできるだけ多く提供するのが私たちのできることだと思います。

ファラ:日本のスタートアップも投資家も、失敗を恐れすぎていると思います。海外ではスタートアップの挑戦をリサーチのように位置づけていて、たとえ期待する結果が出なくても「この方法ではうまくいかないということがわかったからOK」と考えます。“失敗を前向きに捉える習慣”がもっと広がったらいいなと思います。

ImpacTech Japan ファラ・タライエ氏

ファラ:私自身も、興味のあること、知りたいことばかりに挑戦してきたので、失敗だらけの人生です。成功は10のうち、1つか2つ。結果が予想できないからこそ、「挑戦」には意味があり、価値があると思います。

「協力してインパクトを出す」意識を持つ人を増やしたい

花岡:スタートアップは、信念を持ってチャレンジするという、良い意味での「我の強さ」が大事だと思います。

ただそれは、「他者を押しのけて、自分(自社)の優位性を主張する」「和を乱す」こととは少し違います。多数のスタートアップにお会いするなかで、ごく少数ではありますが、その認識を共有できない起業家の方もいらっしゃいました。例えば、他のスタートアップより自社が取り組む社会課題解決の方が重要だと考え、優劣をつけたり、優位に動こうとする方です。それは私たちの目指すSCMの姿勢とは大きく異なります。

ファラ:私たちはコラボレーションが大事だと考えています。プログラムが終わった後に、一緒に部屋を片付ける、コーヒーを飲む、会話をする。そんな些細なところにもコラボレーションは生まれるのですが、「自分の仕事ではない、自分には必要ない」と拒否する方もいます。あまりにも考え方が違う方には、期の途中で参加を止めていただいたこともありました。

ソーシャルイノベーションは、社会の人をどれだけ味方につけられるかが非常に大事です。「関わる方々と協力してインパクトを出す」という姿勢、そして起業家の人となりそのものが問われます。推進していく人が魅力あるロールモデルとならなければ、ソーシャルイノベーションのムーブメントは広がりません。 ぜひ、そんな意識を共有できる起業家に参加していただきたいですね。

社会課題に挑戦する人の居場所として

花岡:起業は、ともすれば孤独な道になりがちです。もし孤独を感じているなら、SCMが一つの居場所になれればと思っています。社会課題の解決は、1人でできるものではありません。SCMや日本財団をたくさん利用してほしいです。財団というとちょっとおカタく聞こえるかもしれませんが、中立的な立場からサポートすることができますので、他では言えない悩み事も気軽にご相談いただきたいです。

ファラ:ひとりでも多くの人に、社会課題に関心を持ってもらいたいという思いでSCMを 運営しています。どんなに小さなアイデアでも構わないので、社会課題を解決したいという思いがある方は、ぜひ参加してみてください。みんなの力を合わせて、いまの世界をちょっとずつ、よいものにしていきましょう。


花岡隼人(はなおか・はやと)

日本財団経営企画広報部ソーシャルイノベーション推進チーム・チームリーダー。一橋大学法学部卒業、ワルシャワ大学政治学研究科修了。前職のコンサルタントの経験も生かしながら、日本財団を「開いていく」というミッションを胸に、SCMをはじめ様々な事業を手掛ける。二児の父でもあり、最近の関心は「スクランブルエッグのつくり方」。息子から「お母さんのよりおいしい」と言われるために日々修行中。


ファラ・タライエ (Fara Taraie)

建築家/ ImpacTech Japan代表。イランの首都テヘランで生まれ、イタリア、韓国で育ち、高校卒業後日本へ。5か国語を操る。自身の起業経験やネットワークを生かし、SCMのマネージャーとして全力でスタートアップを支援している。一方では、東京大学で建築デザイン修士号を取得、建築デザイン事務所newnormdesignを設立。「Beyond Distance」をテーマに住宅設計やインテリアデザインを手掛ける建築家としての顔も併せ持つ。最近やりたいことは、野良犬や野良猫を匿うシェルターをデザインすること。


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