インタビュー

もっと休もう、頼ろう。起業家と考えるスタートアップのメンタルヘルス(後編)

前編では、メンタルヘルスとの向き合い方について、起業家という視点から掘り下げた。

後編では、「組織」に焦点を当て、組織のメンタルヘルスとパフォーマンスの関係性や、チームでの向き合い方などを聞いた。


話してくれた人:櫻本 真理

株式会社cotree・株式会社コーチェット 代表取締役。睡眠障害の経験がきっかけで、株式会社cotreeを創業。オンラインカウンセリングサービス「cotree(コトリー)」を展開している。2020年にはリーダー層向けコーチング習得プログラム「CoachEd(コーチェット)」を提供する株式会社コーチェットも創業。


話してくれた人:小林 宣文

株式会社RESVO 元代表取締役。Re(アールイー) 代表。精神疾患を持つ友人をサポートした経験から、精神疾患の苦しみをテクノロジーで解決することを目指し、株式会社RESVOを創業。しかし、思いがけず自身がメンタルに不調をきたしてしまい業務が遂行できなくなってしまったため、RESVOの代表取締役を退任。2021年12月、経営層(CxO)向けのメンタル支援サービスを提供する「Re(アールイー)」を創業。


聞いた人:嶋田 康平

日本財団ソーシャルイノベーション推進チーム


メンタルヘルスから考える組織

嶋田:メンタルヘルスの問題はチームや組織のパフォーマンスにも大きく関わるかと思いますが、いかがでしょうか。

櫻本:従業員満足度と事業の収益性については、相関関係があります。

「組織の雰囲気が悪い」とか、「人間関係が良くない」といったネガティブな要因が複合的に重なり合った結果として、チームメンバーのメンタル不調が発生することがあります。なので、メンタル不調者が続出している場合、そもそも組織として多くの問題を抱えていると言えます。そのような組織では、当然ながら従業員満足度も低くなるわけです。従業員のモチベーションや定着率の低下は、ひいては事業の収益性という面にも影響を与えます。

小林:精神疾患でメンバーが長期的に仕事を離れると、その期間、別のメンバーがその役割を担う、または新たなメンバーを採用・育成する必要が生じます。また、チームビルディングにも影響があると思います。そもそも、精神疾患を患った本人のキャリア形成にも影響が出る可能性もあります。

誰しもある「気分の波」に向き合う組織とは

嶋田:チームや組織でメンタルヘルスに向き合うにはどうしたらいいのでしょうか。

櫻本:生涯に5人に1人は精神疾患になると言われています(※1)。つまり、従業員の5人に1人は精神疾患になる可能性がある、ということです。cotreeはメンタルヘルスサービスを提供している会社なので、組織として「気分の波」が個々人で存在することについては認め合っています。メンバーの調子が悪そうなときは「休んでいいよ」と声をかけたり。

メンバー間に焦りや不安があると、そのような関係性を築くことはできません。だからまずはフラットな組織であることが重要です。上司であれ部下であれ、「相手も一人の人間であること」を共有する。そしてそれぞれに「気分の波」があることを認めケアし合う。「気分の波」を組織が受け入れ、議論の俎上に載せること。それが組織のメンタルヘルスマネジメントでは一番重要です。

特に経営者である起業家の「気分の波」は、組織に大きく影響を及ぼします。起業家の「気分の波」を理解するためには、それをフランクに語り合える信頼関係が必要ですよね。そういった信頼関係を築くには当然ながら一定の余裕や時間が必要になります。

実際問題として非常に難しいのですが、その時間の余裕をつくり出すこと、そのために業務量を全体としてコントロールしていくことが、企業、特にスタートアップには重要なのかな、と思います。時間の余裕を作り出せるチームこそ上手くいくのではないでしょうか。

小林:「ごめん、今自分ちょっと落ち着かないから、外出して気持ちを落ち着かせてくる」とか、そういったことを気軽に言い合える関係を作ることが重要なんですよね。

フランクにストレスについて語りあえる関係になれば、無理に我慢することも減ります。「気分の波」は人間である以上、誰しもあるものなので。

※1:精神疾患になる人は年間で約420万人(2017年)にものぼる。出典:国立研究開発法人日本医療研究開発機構障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)「精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究:世界精神保健日本調査セカンド 総合研究報告書」、主任研究者 川上憲人

周りの人にできることはあるのか

嶋田:実際に身近にメンタル不調者がいた場合、どのように対応すれば良いのでしょうか。もちろん、個々人によってケースバイケースであるとは思いますが…。

小林:不調になったときに、「話を聞いてほしい」という人と、「放っておいてほしい」という人の大きく2つのタイプがあるかなと思います。

先ほどもお話ししたとおり、職場においてメンタル不調になる原因は大きく分けて「ハードワーク」と「仕事のアンマッチ」と「人間関係」の3つです。なかでも最も多いのが、「人間関係」からくるメンタル不調。

誰にでも悩みを話せるという人は、あまりいないですよね。だから、周りの人は本人が誰になら相談できるかを把握しておけるといいですよね。一概には言えませんが、話をするときは、まずは一対一が良いと思います。

櫻本:相談相手を選ぶ際には注意が必要です。社内で相談相手を見つけるとなると、社内での苦しみを全て共有するのが難しいという意味でなかなか心理的安全性を確保しにくいですよね。そういう場合は、外部のカウンセラーなどの専門家を利用するのも手です。

嶋田:メンタル不調になった人が、自分から「調子が悪い」と言い出すのは難しいですよね。

櫻本:そうですね。あとは、本人自身が調子が悪いことを認識できていない場合もあります。

これは私の事例なのですが、社内のカウンセラーが私に「今日はなんかちょっと調子悪そうだね。このあと時間ありますけど、ちょっと話しますか?」と声をかけてくれたことがあったんです。そこではじめて「あ、私って今日、調子悪かったんだ」と気づきました。「私の不調に気づいてくれてありがとう」という気持ちになりましたね。

今起こっていることを丁寧に受け止めてくれて、その上で元気づけられる言葉をかけてもらいました。これが最高の体験だったんです。

自然と不調に気づいて、あちらから約束を決めてくれて、すぐに話を聞いてもらえた。こんな最高なメンタルヘルスケアの実践の形はないと思います。
メンタル不調になっても自分で気づかなかったり、誰に相談して良いかもわからなかったりすることも多いじゃないですか。周囲から気づいてもらって、声をかけてもらって、時間まで指定してもらってはじめて「頼っても良いんだ」と思えたんです。

嶋田:会社などの研修では、自分がメンタルヘルスを崩さないという視点や、部下のメンタル不調を予防するという視点は多いですが、実際にメンタル不調で休んでいるメンバーに対して「周りの人はどうすれば良いか」という視点はあまり共有されないように思います。

小林:難しいですよね。その方のことを気にしている素振りは見せつつも、反応は期待しない、という接し方が良いのかなと思います。例えば、時折メールなどで連絡を取りつつ、「返信はいらないよ」という一言やニュアンスを伝えておくのも一つです。

ただ、これもあくまで一つの考え方なので、この限りではないと思います。やっぱり、それぞれの人の性格を普段から知っておいて、その人にマッチしたやり方を探っておけると良いですね。

カウンセリングに意味はあるのか

嶋田:cotreeはオンラインカウンセリングサービスですが、どのように活用するのがいいでしょうか。

櫻本:カウンセリングはカウンセラーとの相性が非常に重要です。カウンセリングサービスは口コミを参考にして使い始める方が多いのですが、「知り合いにはマッチしていたカウンセラーも私には合わない」「この人のカウンセリングは良いけど、他の人のはダメ」ということがよくあります。

小林:これはお医者さんや担当してくれている専門家の方にも当てはまりますが、カウンセリングに行ってカウンセラーとの相性が悪かったときには、遠慮なくカウンセラーの方を交代してもらって良いんです。そこで変に気を遣って回復が遅れるほうが良くない。

櫻本:カウンセリングは1ヵ月に1回程度、定期的に受けてもらう形が理想的かなと思います。定期的に受けることで、普段の自分との違いに気づけますから。

小林:定期的に受診して、感情やメンタルヘルスの波を見てもらうのはいいですね。

櫻本:そうですね。マッサージとか整体のようなイメージです。定期的にカウンセリングを受ければ、早い段階でメンタルヘルスの不調に気づけて、悪化することを防げます。起業家の方にはもちろん、多くの方にぜひ取り入れてもらいたいですね。


櫻本 真理

株式会社cotree・株式会社コーチェット代表取締役。京都大学卒業後、ゴールドマン・サックス証券を経て、2014年5月に株式会社cotree、2020年1月に株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。最近は、もうすぐ一歳になる子どもと戯れることがとても楽しく、ハマっています。子どもが家にいるときには一緒にミーティングの画面の前に座らせると、嬉しそうに何かしゃべっていて癒されます。

株式会社cotree

株式会社コーチェット


小林 宣文

株式会社RESVO元代表取締役。Re(アールイー)代表。ベンチャー代表時にうつ病を発症し、退任。回復後は自身の闘病経験をnoteに公開。現在はReと並行して複数社に役員として参画、経営・事業支援を行う。Twitter(@yuemental_akari)では日々のメンタルヘルスの気づきを配信中。最近ハマっていることは、一度も降りたことのない駅で降りて散策すること。思わぬお店や景色、面白いナニカに出会えること多し。降りた後もスマホで調べるのを禁止してやるとさらに未知との遭遇率UPで吉。友達と一緒にあーだこーだ言いながらやるのも話が盛り上がって楽しいです。

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