インタビュー

もっと休もう、頼ろう。起業家と考えるスタートアップのメンタルヘルス(前編)

起業家が忘れてしまいがちなメンタルヘルス。今回は、自身もメンタル不調になった経験があり、現在ではメンタルヘルス関連のサービスを運営されている起業家のお二人に、起業家とメンタルヘルスにまつわるさまざまなテーマについて、日本財団・嶋田が聞いた。


話してくれた人:櫻本 真理

株式会社cotree・株式会社コーチェット 代表取締役。睡眠障害の経験がきっかけで、株式会社cotreeを創業。オンラインカウンセリングサービス「cotree(コトリー)」を展開している。2020年にはリーダー層向けコーチング習得プログラム「CoachEd(コーチェット)」を提供する株式会社コーチェットも創業。


話してくれた人:小林 宣文

株式会社RESVO 元代表取締役。Re(アールイー) 代表。精神疾患を持つ友人をサポートした経験から、精神疾患の苦しみをテクノロジーで解決することを目指し、株式会社RESVOを創業。しかし、思いがけず自身がメンタルに不調をきたしてしまい業務が遂行できなくなってしまったため、RESVOの代表取締役を退任。2021年12月、CxO向けのメンタル支援サービスを提供する「Re(アールイー)」を創業。


聞いた人:嶋田 康平

日本財団ソーシャルイノベーション推進チーム


メンタルの不調を抱えやすい「起業家」という職業

嶋田:起業家にメンタルの不調を抱える人が多いと聞きました。

小林:カリフォルニア大学バークレー校が以前、「起業家の約50%が、生涯に一度はメンタルヘルスの問題を抱える」という調査結果を発表しています。私自身も当事者になった一人ですが、やはり起業家にうつ病などの精神疾患を抱える方が多いのはデータ的にも裏付けられているようです。

櫻本:うつ病・うつ症状もそうですが、双極性障害も起業家に多い精神疾患です。シリコンバレーでは「起業家ほど双極性障害になりやすい」という調査結果も出ているようです。

双極性障害とは

いわゆる「躁うつ病」のことを指し、ハイテンションな状態(躁状態)と、うつ気味の状態とを交互に体験することになる。ハイテンションな躁状態もあわせて経験するのが「うつ病」とは異なる点。

誰しもにある「気分の波」では済まないほど気分の浮き沈みが激しく、躁状態のときには借金をしてでも散財するなど非常に行動的になる。100人に1人程度が発症する、と言われている。

櫻本:双極性障害の場合、活動的になる躁状態の時期と、気分が落ち込みやすいうつ状態の時期を行ったり来たりしますが、躁で生産性も創造性も高まっている時に起業という行動につながりやすいんですね。

躁状態の時期に新しいことをやりたいエネルギーが沸いてきて起業して、そのエネルギーの反動でうつ状態の時期に大きく落ち込む、というパターンが多いようです。

小林:顧客・社員・株主との人間関係や、資金調達などのお金の問題、ハードワークなど、さまざまな要因から起業家は追い込まれてしまいがちです。

起業家だけでなく社員も含めると、特に「人間関係」「業務量」「仕事内容とのアンマッチ」の3つが、ストレスを溜めてしまう原因として特に大きいと私は考えています。

メンタル不調の経験から起業

嶋田:お二人が起業したきっかけを教えてください。


櫻本:前職で金融機関に勤めていたときに、睡眠障害でうまく眠れなくなってしまったことがあったんです。そのときにメンタルクリニックに行ったんですが、まるで自分がベルトコンベアで運ばれている荷物にでもなってしまったかのように、機械的に診療される体験をしました。

メンタルクリニックに行くことに抵抗を感じる方もいますし、ある意味「一大決心」であるのにもかかわらず、クリニックでそのような扱いしか受けられない状況に疑問を感じたんですね。

「医療」というジャンルでメンタルヘルスを丁寧にケアするのが難しいのなら、「医療」という枠から外れたところでメンタル不調に悩んでいる人をケアできるサービスを作りたいと思い、オンラインカウンセリングサービスのcotreeを創業しました。

小林:私の場合、精神疾患の友人がいて、大学時代からその友人をずっとサポートしていたんです。そんな人たちをテクノロジーを通じて助けられたらいいなと思っていたところに、たまたま知り合った大学時代の先輩が「精神疾患に有効な技術があって、特許もとれそうだけど、自分は研究所では事業化できない」と言ってきて。「それなら一緒に事業化しよう」ということで創薬系ベンチャーのRESVOをその先輩と創業しました。

嶋田:小林さん自身も、うつ病になられた経験があるとお伺いしました。

小林:はい。RESVOの代表として働いていたのですが、自分でも知らないうちにうつ状態になっていました。発症するまで、自分では意外と気づかないものなんですね。共同創業者に「とりあえずクリニックに行け」と言われ半ば強制的に診察を受けたら、うつの典型的症状のほとんどすべてに見事に当てはまっていることがわかり、驚愕しました。それでいったん、経営から退いた形です。

今振り返ると、「あのときの自分は平静ではなかった」とわかるのですが、当時は全くわからなかった。だから起業家の皆さんも、知らず知らずのうちに精神疾患になっている可能性がある。そのときの反省があって、精神疾患になる前に起業家を救うために、経営者・役員向けのメンタルヘルスサービスを提供する「Re」という事業体を最近新たに創業しました。

「もう無理」なんて言えない

嶋田:起業家は組織のトップであり、ステークホルダーも多いだけに、精神的にも肉体的にも負荷が並外れて大きい職業ですよね。その上、相談できる人も少なくて、孤独でもある。

小林:おっしゃる通りです。先輩起業家からは「起業家はすべてが自己責任の世界。困難に立ち向かって当たり前。弱音なんて吐かずに立ち向かってこそ起業家だから」なんて言われることも多い。

私がうつ状態になったのも、そうした環境が「当たり前」だと思っていたから、という面もあるかもしれません。

櫻本:メンタルヘルスケアの話は、実際に自分でメンタル不調を体験してみないと必要性がわからないという面もあります。

しかし、経営者自身があらかじめ精神疾患に関する正しい知識を持っておけば、メンタル不調の人が増えて組織のパフォーマンスがグッと落ちてしまうことを防げます。起業家のメンタルヘルスケアは、組織のリスク管理の問題にもつながるんです。

嶋田:起業家、スタートアップの世界では弱音を吐けない空気があるのでしょうか。

小林:そうですね。「無理」と言い出せない環境は間違いなくあるかと思います。でも「これ以上は無理です」と言ってメンタルヘルスをコントロールできるようになるほうが、起業家個人としても、組織としても、トータルでのパフォーマンスは上がるはずです。

私自身がうつ状態になったときに、ストレスコーピングや認知行動療法などの心理療法を知り「起業家も起業家である前に一人の人間であること」という当たり前のことを思い知らされました。

だから自分で限界をもうけて「無理」と言えるようになることは非常に重要です。

櫻本:起業家の場合、自身の存在と直結するものとしてビジネスが存在しているので、「起業家の見られ方」と「ビジネスの見られ方」がイコールになってしまうことが多いんです。だからこそ「失敗できない」という気持ちも強くなるし、そのために「頑張らなきゃ」と思う結果、「無理」とは言えない環境ができあがってしまう面がありますよね。

小林:そうですね。自分の経験も踏まえて、最近立ち上げた組織のメンバーには、「無理だったら無理って言うから」とはあらかじめ言ってあります。

VCにも支えてもらう

嶋田:起業家は相談相手を見つけづらい環境に置かれがちだと思いますが、VCのキャピタリストにメンタルヘルスの面で相談する、といったこともあるのでしょうか。

櫻本:私の場合、投資家にはとても支えられていますね。「何があっても味方だから」と言ってくださるので、精神的にもすごく支えになっています。

小林:私も同様です。精神面で大変だった時に、リアルテックファンドの永田さん、丸さんから「諦めなかったら失敗じゃない。だから大丈夫」と声をかけてもらったことですごく楽になった覚えがあります。Coral Capitalの澤山さんにもお世話になりました。

VCの方々もメンタルヘルスの領域には関心を抱いているようで、VCから研修の依頼がくるときもあります。

櫻本:VCが起業家を育てる。その起業家がチームメンバーを育てる。そんな具合にスタートアップの人材育成が進むとするなら、VCのキャピタリストの方々が人材育成の手法や、メンタルヘルスマネジメントの方法を知っておくことはとても重要だと考えています。キャピタリストがうまく起業家を支えられれば、その分リターンが返ってくる可能性も高まりますから。

起業家よ、休め

嶋田:起業家は経営者であって従業員ではないということもあり、うまく休めないという面もあるのでしょうか。

小林:間違いなくありますね。まず前提として、「働く」「休む」「遊ぶ」の3つの行動がある。起業家には「遊ぶ」ことはする方も多いんですが、まったく何もしないでリラックスする「休む」ができない方が多い。でも、やっぱり完全にオフにして休む機会も、メンタルヘルスの健康を保つためには重要なんです。

櫻本:基本的に起業家には「仕事が楽しい」という方が多いので、メンタル不調になってみないと「休む」ことの重要性がわからない場合もあるかと思います。休んだからといって回復するイメージが持てないんですね。ただ、身体的な負荷は確実に心理的なストレスとつながっています。

嶋田:小林さんは知らず知らずのうちにうつ状態になってしまったとのことでしたが、うつ状態になる前に予防することは難しいのでしょうか。

櫻本:自分を知らなければメンタルヘルスのセルフマネジメントは難しいです。

起業家は、アーティスト型とデザイナー型の2つのタイプに大まかに分類できると考えています。アーティスト型は自己表現をするようにビジネスをつくるので、表現が阻害されるとストレスを感じるタイプ。デザイナー型は社会のニーズから逆算する思考が強いので、やりたいことができないストレスよりは、ビジネスがうまくいかないときに自分に負荷をかけすぎてしまうタイプが多いように思います。

もちろん、起業家の類型はこれだけではありませんが、自分がどういうときにストレスを感じる人間なのか、きちんと把握していれば、「もう無理」というところまで行く前にコントロールできるはずです。

小林:スタートアップの場合、従業員の大変さもよくわかるので、起業家もそれを気にして頑張りすぎてしまう側面もある。でも自分の特性や限界を知った上で従業員に自走してもらう範囲を増やすことも、起業家のメンタルヘルスマネジメントにとっては重要ですね。

後編へ続く


櫻本 真理

株式会社cotree・株式会社コーチェット代表取締役。京都大学卒業後、ゴールドマン・サックス証券を経て、2014年5月に株式会社cotree、2020年1月に株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。ストレス解消法は、天井の高いカフェで美味しいコーヒーと甘いものをいただくこと、空の広い場所で散歩をすること、子どもの寝顔を眺めること、仕事に没頭すること。

株式会社cotree

株式会社コーチェット


小林 宣文

株式会社RESVO元代表取締役。Re(アールイー)代表。ベンチャー代表時にうつ病を発症し、退任。回復後は自身の闘病経験をnoteに公開。現在はReと並行して複数社に役員として参画、経営・事業支援を行う。Twitter(@yuemental_akari)では日々のメンタルヘルスの気づきを配信中。ストレス解消方法は、一緒に働く仲間たちと仕事と関係ないおしゃべりをすること。とくにリモートワークとかでおしゃべりが全くない状態が続くと明らかに仕事がしづらくなる&ストレスを抱えやすくなるので、意識してやるようにしています。改めて日頃のおしゃべりが大事だと気付いた今日この頃です。

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