インタビュー

「寝ないで仕事をする」は正しいのか。起業家を救う睡眠の新常識

「睡眠時間を削って仕事に取り組んでいる」という方も多いのではないだろうか。特に起業家の場合、ビジネスを前進させるために自分の稼働時間を増やさざるを得ず、むしろ「睡眠を削ることの何が問題なのか」と思うこともあるかもしれない。

だが、「スタートアップこそ戦略的睡眠を」と主張するのは、ニューロスペースの小林孝徳さんだ。数々の大企業に睡眠研修を実施している「睡眠のプロ」である小林さんに睡眠の新常識をうかがった。

「寝ないで仕事をする」は正しいのか

──「成功する起業家にはショートスリーパーが多い」とよく聞きますが、本当でしょうか。

小林:睡眠時間が少ない起業家が成功する起業家、とは言えないと思います。成功する起業家のなかにショートスリーパーがいるのは事実ですが、すべての人がショートスリーパーではありません。そもそもショートスリーパーの割合は100人に1人程度と言われていますから。

高度経済成長期は、製造業などが中心の産業構造で、「働けば働くほど成果が出る」と信じられていました。日本経済が右肩上がりだったので「寝ないで働く」のも効果があったと思います。

ですが、今の社会は変わってきていますよね。クリエイティビティがもとめられるサービス産業が中心になっています。クリエイティビティは、睡眠時間を削ることではなく、しっかり寝ることで発揮できるものです。

──なるほど。睡眠時間を削ることで他にも影響はありますか。

小林:睡眠不足が続くと、脳の働きが低下し、うまく情報処理できず、ケアレスミスを繰り返してしまいます。

また、メンタルヘルスへの影響もあります。睡眠には、日中に起きた出来事を「感情」と「事実」に分け、整理する働きがあるんです。睡眠時間を削ると、気持ちの整理ができなくなり、ネガティブ思考になったり、イライラしたりして、メンタルヘルスに不調が生じやすくなります。結果として、組織内のチームワークや離職率にも影響が出るでしょう。ケアレスミスや怒りっぽさの背景には、睡眠不足がある可能性があります。

出典:ニューロスペース睡眠セミナー資料


──他にも何気なく信じられている睡眠神話がありますよね。

小林:間違った常識でよくあるものをまとめてみました。

──睡眠時間はどのくらいが理想なのでしょうか。

小林:人それぞれに「適正睡眠時間」が存在しますので、一概には言えません。

ただ、「適正睡眠時間」は簡単に測れます。目覚まし時計をセットせずに寝て、自然と起きた時間までの睡眠時間が「適正睡眠時間」になります。「適正睡眠時間」をしっかり確保できていれば、日中に眠気を感じることはありません。

──すぐに入眠できない場合はどうすればいいのでしょうか。

小林:寝る前にオフの時間を作ることがポイントです。寝る前の1時間、仕事のことも考えない、何もしない時間を1時間作ってみてください。それだけで副交感神経が優位になり入眠しやすくなりますし、すっきりと目覚められるようになりますよ。さらに、寝る前にお風呂に入って深部体温を上げると、より質の高い睡眠になります。

「朝型」と「夜型」は生まれつき決まっている?!

──小林さん自身が睡眠障害に悩まされていたことをきっかけに起業された、とお伺いしました。

小林:元々睡眠障害に悩まされていたのですが、社会人になってIT企業に勤めていた時がとくにひどかったんです。十分に睡眠できなくて本当に辛い思いをしました。そこで、人生を通じてずっと悩まされてきた睡眠の悩みを解決すべく、ニューロスペースを起業しました。

──睡眠に悩まれている方は多いのでしょうか。

小林:弊社がビジネスパーソンの睡眠課題について調査したところ、「熟睡困難」と回答した人は49.0%、「慢性睡眠不足」と回答した人が46%にものぼっています。

出典:ニューロスペース睡眠セミナー資料


──多くの人が睡眠の課題を抱えている原因は何ですか。

小林:一つは長い通勤時間です。通勤時間のせいで睡眠時間が削られてしまう。
もう一つは、一人ひとりのクロノタイプ(朝型・夜型などその人にとってパフォーマンスを出しやすい時間帯)を考慮せずに、社会全体が「朝型」人間向けにつくられていることです。私自身は夜型なので、朝早くに起きて出社するのが辛いのです。

じつは「朝型」「夜型」などの睡眠のタイプは、遺伝的に決められていることがわかっています。弊社の調査によれば、朝早くに起きて、無理なく9時に出社できる「朝型」「超朝型」は合わせて27.9%しかいません。私のように、9時に出社するとなると「ちょっと眠いな」と感じる「夜型」「超夜型」は合わせて31.1%にものぼります。

出典:ニューロスペース睡眠セミナー資料


小林:社会の3人に1人は、遺伝的に9時に出社するのが眠い「夜型」「超夜型」です。にもかかわらず、そうした人々を考慮しない社会設計になっているということですね。

ご自身の睡眠のタイプを知りたい方は下記の診断テストをやってみてください。

リンク:https://www.sleepmed.jp/q/meq/meq_form.php

睡眠は社会にどう影響するのか?

──睡眠が組織や社会に与える影響について、詳しく教えてください。

小林:2015年発表の論文では、一人ひとりのクロノタイプを尊重することによって、工場で働く人の勤務満足度や睡眠の質が向上したという結果が報告されています(※1)。朝型タイプの人には日中シフトを、夜型タイプの人には遅番シフトを割り当てたところ、仕事効率が上がり、従業員の幸福度も飛躍的にアップしたと。

また、弊社が日清食品グループ様に導入した睡眠改善プログラムによって、一人当たり年間プラス12万円の生産性の向上効果が統計的に有意に確認されました。

──十分な睡眠によって仕事の効率が上がる・個人が幸せになるというエビデンスがあるんですね。

小林:逆に言えば、眠気を感じているまま働いている人が多い現状では、大きな経済的損失が生み出されています。

OECDの統計では日本人の平均睡眠時間は「7時間22分」で先進7カ国中最低です(※2)。さらに、日本人が睡眠不足によって被っている経済損失は15兆円にものぼるとの調査結果が出ています(※3)。より良い睡眠は個人の幸福だけでなく、社会にもプラスの経済効果をもたらします。

起業家、そして組織には何ができるのか?

──率直にどうすればよいのでしょうか。

小林:まず、「眠いのは甘えだ!」という認識を捨てることです。睡眠による課題は、けがや病気と異なり目に見えないからわかりにくい。だから、個人の根性や頑張りで片付けてしまいがちです。でもそれでは本質的な解決にはなりません。私は、限られた時間で能力を最大限発揮するために、睡眠を「資本」ととらえる必要があると思っています。

その上で、具体的には「仮眠」と「リモートワーク・フレックスタイム制」の導入が効果的だと考えています。

──なるほど。まず、「仮眠」について教えてください。

小林:本来、本睡眠で睡眠時間がしっかり取れていれば業務に集中できるのですが、実際には、日中眠くなる方も多いですよね。その場合には、仮眠してもらったほうが、眠気が取れてその後の生産性が上がります。仮眠する場合は睡眠時間を30分以内に抑えて、深い眠りまで入眠しないようにすることがポイントです。

弊社では業務中に仮眠することを「戦略的投資」と捉えており、仮眠中も給与が発生しています。

──仮眠を休憩時間とせず、労働時間とみなしているんですね!

小林:そうです。そして、もう一つの「リモートワーク・フレックスタイム制」ですが、リモートワークが増えれば、通勤時間を減らすことができるので、睡眠時間も増やせます。さらに、フレックスタイム制を導入すれば朝型・夜型両方の人が、自分に合った時間を選んで働けるようになります。

──できることは意外に多いですね。とはいえ、睡眠の重要性を理解せずにハードワークを前提とする企業もあると思います。そのような企業が取引先の場合、なかなか難しいと思います。

小林:そうですね。その点については国が規制していくことや、啓蒙していくことでしか変わらないかなと思っています。私たちとしては、「勤務間インターバル制度」を義務化するのがいいのではないか、と考えています。

勤務間インターバル制度

勤務時間と勤務時間の間に一定のインターバル(休息時間)をもうける制度。2018年6月29日に成立した「働き方改革関連法」のなかで、事業主の「努力義務」として規定された。2019年4月1日施行。

出典:厚生労働省ウェブサイト

小林:例えば、勤務間インターパルを12時間に設定した場合、前日に22時まで残業をしたら、次の日は朝10時に始業する、という仕組みです。プライベートな時間や睡眠時間を確保することができますよね。

──社会全体として、働く時間と睡眠に対する意識を変える必要がありますね。

小林:その通りです。スタートアップの創業初期は、やりたいことがあふれていて、仕事への意欲が高まっている場合が多いですよね。「睡眠時間を減らせばできる」という考えが生まれがちですが、これからの社会をつくっていくスタートアップにこそ、戦略的な睡眠を取り入れてほしいなと思います。

【出典】
※1:Céline Vetter, Dorothee Fischer, Joana L Matera, Till Roenneberg: Aligning work and circadian time in shift workers improves sleep and reduces circadian disruption: ,2015.

※2:『The OECD Gender Data Portal 2019

※3:アメリカのランド研究所の睡眠不足による経済的影響を試算した調査。睡眠不足が健康や幸福度、生産性へ潜在的に悪影響を及ぼすとしたうえで、経済損失額を対GDP比で示している。
Gibson M, Shrader J: Time use and labor productivity: The return to sleep. Review of Economics and Statistics 100:783-798, 2018.


小林 孝徳

株式会社ニューロスペース代表取締役社長。自身の睡眠障害の経験をきっかけに、この大きな社会問題を解決すべく、2013年12月株式会社ニューロスペースを設立。日勤、シフト勤務を含め様々な産業現場で起きる睡眠課題に向き合いこれまで100社2万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善をサポートしてきた。クロノタイプはやや夜型、適正睡眠時間は7時間30分。

株式会社ニューロスペース


SNSシェア

Facebook Twitter LinkedIn