インタビュー

「法律の知識」で社会起業家を応援する。 弁護士団体「BLP-Network」とは

「法律の知識」で社会起業家を応援する。 弁護士団体「BLP-Network」とは

定款や契約書の作成、スタッフの労務管理、知財や個人情報の取り扱い、投資契約の進め方……社会起業家が事業を進めていくと、さまざまな法務の問題に突き当たる。解決するためには専門的な法律の知識が必要だが、起業から間もないと、弁護士への相談費用を捻出できないケースも珍しくない。

弁護士ネットワークの「BLP-Network」は、そういった社会起業家をプロボノで支援している団体だ。同団体を設立し、代表を務める鬼澤秀昌さんに、活動内容や支援を受けるための条件、これまでのサポート事例などについて話を伺った。

メンバーそれぞれの専門知識を生かし、社会起業家をサポート

――まずはBLP-Network(以下、BLP)が、どのような団体なのか教えてください。

鬼澤:社会課題の解決のために活動をしている会社や団体、起業家の法的支援を行う弁護士ネットワークです。現在、参加している弁護士は、若手からベテランまで約70名。「BLP」はBusiness Lawyers Pro bonoの略で、それぞれの専門知識やスキルを生かし、プロボノとしてさまざまな法務相談に対応しています。

相談はWebサイトの専用フォームで受け付けていて、まず代表と副代表で寄せられた相談の内容を確認します。そして、BLPとして引き受けられる案件だと判断したら、担当するのにふさわしい弁護士に繋げます。後日、その担当弁護士から依頼者に連絡し、顔合わせをして、具体的な相談内容をヒアリングしていく、という流れです。

――BLPは、社会起業家と弁護士のマッチングプラットフォームでもあるわけですね。そもそも、なぜ立ち上げたのでしょうか?

鬼澤:もともとは、社会起業家やNPOなどの支援をする弁護士サークルのような集まりでした。

私は学生時代、「SVP(ソーシャルベンチャーパートナー)東京」でインターンをしていました。ソーシャルベンチャーに対して、資金の提供と経営支援を行っている会社です。そのときに、企業法務の第一線で活躍しながらソーシャルベンチャーやNPOをプロボノで支援している弁護士の方々にお話を聞く機会がありました。どなたも「世の中のために頑張っている人たちを応援したい」という思いで活動されているものの、意外に横のつながりが少なく、互いにどんな活動をしているのか把握されていなかったんです。

もし、そういう弁護士が情報交換したり協働したりできるネットワークを作れば、より大きなことができるのではないか。そう考えて先輩弁護士に相談し、知り合いの弁護士にも声をかけていただき、7~8名の先輩弁護士と共に、2012年8月にBLPを立ち上げました。

当時、私は司法試験を受験した直後で、まだ弁護士ではありませんでした。「法務相談には乗れませんが、飲み会の幹事ぐらいはできるので、ぜひ集まってみませんか」と、先輩方にお願いし、3か月に一度、弁護士が集まり、情報交換などを行っていました。

――いまでは10倍規模の組織になったのですね。どんな方から相談があるんですか?

鬼澤:対象の組織形態はとくに限定していません。NPOやソーシャルベンチャー、NGO(非政府組織)、中小規模の株式会社、ボランティアの任意団体、これから起業を考えている方……など、法人・個人を問わず多くの方々から相談をいただいています。

相談内容もさまざまですが、割合として多いのは「契約書の作成」「危機管理のポイント」「著作権や個人情報の取り扱い」などに関するものですね。「弁護士費用を捻出するのが難しいけれど、将来の事業拡大を見据えて今のうちから組織運営の体制をしっかり整えておきたい」という方が少なくありません。

基本的には、あらゆる分野のご相談を受け付けていますが、刑事告訴の依頼は専門性が異なるため、お断りしています。BLPが得意としているのは、団体運営に関する法的支援です。また、弁護士法に抵触しそうな内容の案件も、当然ながらお引き受けしていません。

――相談料はいくらですか?

鬼澤:相談料については、担当弁護士の判断に委ねています。企業内弁護士として勤務している人のなかには、「報酬をいただくと困るから、無償がいい」という人もいますし、「仕事としてちゃんと請け負うために、報酬はいただく」という有償派の人もいます。

個人的には私は有償派です。そのほうが依頼主との関係性がはっきりするなど、依頼主と弁護士の双方にとってメリットが大きいと考え、私が相談に乗る場合は、原則として有償で請け負わせていただいています。といっても、BLP-Networkで受任する場合は「限りなく無償に近い有償」が多いですが。大半の弁護士が「無償」または「ほぼ無償」で相談に乗っていると思います。

――報酬を得られなくても、多くの弁護士の方がBLPで活動されるのはなぜでしょうか?

鬼澤:やはり、社会起業家やNPOの方々からお話を聞くことで、社会課題に関する見識を高められるのも大きなメリットです。本業に役立てるためにBLPで自分自身の専門に近い分野の案件を積極的に請け負う人もいれば、なかなかない機会ということで敢えて分野を問わずに案件を引き受ける人もいます。
また、弁護士としてスキルアップできることも大きいです。普段、ほかの弁護士事務所の弁護士と一緒に仕事をする機会はまずありませんが、BLPでは事務所の異なる弁護士同士が共同で依頼者の相談に乗ることも少なくありません。ほかの事務所の仕事の進め方を学べるわけです。

一般の弁護士事務所が引き受けづらい相談にも対応

――具体的にどんな事業を行っている団体から相談があるんですか?


鬼澤:たとえば、宮城県石巻市の公益社団法人MORIUMIUS(モリウミアス)さんは、廃校を子どもたちの教育施設に蘇らせる活動をしている団体でした。立ち上げ期にご相談いただき、BLP-Network副代表  瀧口徹弁護士を中心に、同意書や利用規約の作成、プライバシーポリシーの監修などサポートさせていただきました。

ちょっと変わった例を挙げると、一般社団法人全国フードバンク推進協議会さんからは、「食品ロス削減法案設立のためのロビー活動の資料として、アメリカで食料寄附促進のために制定されたビル・エマーソン食糧寄附法の分析をしたい」というご相談を受けました。これは、プロボノ活動を推進している認定NPO法人サービスグラントのプロボノワーカーの方々と連携して行った案件です。私はアメリカの法律は専門外でしたが、他の外資系の法律事務所の弁護士等とも一緒に担当させていただいて、ほぼ1年がかりでレポートを完成させました。

ビル・エマーソン食糧寄付法

米国で1996年に制定された連邦法。寄付者が善意によって食品を寄贈した際に、万が一事故などが起きても、故意や重過失がなければ民事・刑事の責任を問わないと定めている。
食品を寄付する企業や個人のリスクを低くすると共に、受給者の自己管理意識も促し、フードバンクの普及を後押しする。

このような海外の法令のリサーチは、非常に手間がかかり、かつ、専門性が高いものになります。一般的な契約書のレビュー等であれば有償とすることもあり得ますが、このようなリサーチを有償でお願いするとなるととてもNPOが支払える報酬ではなくなってしまいます。社会に与える影響が大きい立法にも関わることができるとともに、BLP-Networkのメンバーの高い専門性を生かすことができたという点で、プロボノで相談を受けている意義がすごく感じられた、思い出深い案件です。

――これまで、どのくらいの数の相談を受けているんですか?

鬼澤:9年間で150件ほどですね。月に1~2件ほど、コンスタントにお引き受けしています。

「社会課題の解決に取り組む企業や団体」と、一応対象を限定させていただいていますが、実際にはIT系のベンチャーなどからも簡単な法務相談を受けることもあります。正直なところ、あまり厳密に相談主の事業内容は精査していません。

ただし、明らかな利潤目的や、純粋に共益的な活動など社会性が希薄な相談についてはお断りさせていただいています。ただし、何をもって「公益性」や「社会性」があると判断するかは人それぞれです。そのため、そのようなもの以外は、社会課題を解決するための活動であれば基本的には弁護士を募集し、ご相談をコツコツお引き受けしているという形です。

失敗しても大丈夫。社会起業家にはそのマインドを持って欲しい

――日本は、世界と比べて社会起業家やスタートアップが生まれにくい国だと言われています。さまざまな企業の法務支援をしてきた鬼澤さんは、その理由はどこにあると感じますか?

鬼澤:制度や枠組みの問題というよりも、マインドの問題だと感じています。これは自分にも言い聞かせていることですが、起業家の方は「失敗してもやり直せばいい」という発想をもっと持ってもいいのではないかと思っています。

なかなか難しいことでしょうが、「失敗しても大丈夫」というマインドが日本全体に広がれば、どんどん新しいことにチャレンジして、グイグイ前進していく起業家やスタートアップが増えていくのではないでしょうか。

――スタートアップとのコミュニケーションで気をつけていることがありますか?

鬼澤:リスクの捉え方については、丁寧にご説明していますね。新しいことを始めるのに、リスクは付き物です。たとえば代表の方に何か判断をしてもらうときに、事業の方向性そのものを変えなければいけないレベルのリスクを伴うのか、多少の損害で済むリスクなのか、詳しくお話しします。リターンを得るためには取るべきリスクもあるということを含めて、アドバイスしています。

――最近の活動についても教えてください。

鬼澤:やはり、BLPだけでは、様々なNPO・NGO・ソーシャルベンチャーにリーチするのに限界があります。そこで、今までもNPO向けの相談会等に加え、例えば、社会起業家のネットワーク組織である新公益連盟や、NGOの力を最大化することで、世界の社会課題解決の促進を目指しているネットワークNGOである認定NPO法人国際協力NGOセンター(JANIC)と連携して、会員団体向けにガバナンス・コンプライアンスに関する研修等を実施してきました。また、先述の認定NPO法人サービスグラントに、法的な支援が必要な場合はBLP-Networkがあることをホームページで紹介していただくなどしています。こうした中間支援団体とも連携しながら、法務サポートの幅を広げていきたいと思っています。

また、2016年に出版した『NPOの法律相談 ― 知っておきたい基礎知識60』(英知出版)の改訂を進めているところです。BLP-Networkが著者として、法人設立、契約、資金集め、スタッフ管理、事業拡大やトラブル対応まで、NPOの活動に関わるさまざまな法律問題をわかりやすくまとめた本なのですが、この5年の間に、個人情報保護法や労働法など、関連する法律が改正されているんです。

最新の法律に対応すると共に、トレンドの情報なども少し加えて、改訂版を2021年中を目標に出す予定です。NPO以外の社会起業家の方にも役立つと思うので、ぜひ参考にしていただければと思います。

――最後に今後の目標についてお聞かせください。

鬼澤:BLPの認知を広めて、もっと多くの相談に乗りたいですね。

私は、弁護士が単に法的な問題があるときだけサポートするのではなく、社会課題の解決に取り組む方々と弁護士が同じ関心を持ってよりよいパートナーシップを組み、一緒に事業を進めていくのが理想的だと思っています。事業が成長していくと、必ず法務の問題が持ち上がってきます。その際、すぐに相談でき、しかも同じ関心を持ってくれている弁護士が近くにいることは、起業家の方にとっても心強いのではないでしょうか。

幸い、BLPに参加したいという弁護士は順調に増えており、より多くの弁護士を紹介できるようになってきました。団体運営で行き詰まっていることがあれば、お気軽にBLPにご相談ください。当事者意識をもって、社会課題の解決のサポートをしたいという弁護士がお待ちしています。



鬼澤秀昌

弁護士。
2010年東京大学法学部卒業、2012年東京大学法科大学院修了。2012年にBLP-Networkを設立。同年の司法試験合格後より、特定非営利活動法人Teach For Japanへ1年間勤務。2015年にTMI総合法律事務所入所。2017年、おにざわ法律事務所を開業。昨年息子が生まれ、育児に奮闘中。


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