個人商店から組織へ。社会起業家に聞く組織エンゲイジメント型の人材マネジメント術
起業してなんとか売上を作り、ビジネスとしては成長してきたものの、全体としてどのようなゴールを目指すのか共通認識が定まっていないために組織がずっと落ち着かず成長が止まる。そんなスタートアップの話はよく聞く。しかし、あらかじめそのフェーズにおける注意点を知っておけば、先回りして対策することも可能だ。
スタッフ総数330名を抱える特定非営利活動法人放課後NPOアフタースクールも、かつてそのフェーズを経験した。しかしそこで、創業者で代表理事の平岩国泰氏は、組織としてのマネジメント体制を整えていった結果、組織が崩れる懸念をクリアし、現在進行形で拡大中の組織をマネジメントしてもいる。
今回は、スタートアップが「個人商店」から「組織」に変わっていくためのポイントを、経験者の平岩氏に聞く。
「わかってくれるはず」からルール作りへ
平岩:放課後の小学生たちに、学校施設を活用して毎日開校するアフタースクール事業、大手企業をはじめとする全国の企業とタッグを組んで教育プロジェクトを実施するソーシャルデザイン事業、自治体と組んで日本全国の放課後を豊かにする開発事業の3つの事業を展開しています。
──今までに21校のアフタースクールを開校したと伺いましたが、ここまで拡大するにあたって、ステップがあったと思います。「組織作り」を意識し始めたのはいつ頃だったのでしょうか。
平岩:2009年に創業しましたが、明確に「組織化が必要」と感じ始めたのは3~4年目頃のことでした。それまでは、メンバーの人数も多くなく、私が何か言わなくとも方向性にそこまで大きなブレはなかったんですね。個人商店のままやってきた感じです。
メンバーがちょうど30人程度になってきたあたりで、「このまま個人商店ではいけない」と思い、組織化に向けて動き出しました。
──組織化の必要性を感じて、具体的にどのような施策を打っていったのでしょう。
平岩:ちゃんと組織としてのルール作りをしていったんですね。そして、事務局組織を作り、給与や労務など、バックオフィスの管理機能を強化しました。
人事制度ができたのはもう少し後のことです。というのも、「自分たちのルールはみんなで決めよう」と、人事制度は組織のメンバーみんなで話し合って作りたかったんです。そこで1年ほど時間をかけ、メンバーそれぞれとじっくりと話し合った上で、人事制度がようやく出来上がりました。
──組織を作る、という意味ではビジョンも非常に重要かな、と感じます。
平岩:そうですね。創業当初から「アフタースクール、全国で」というビジョンを掲げてはいたのですが、ずっとこれだけでいいのかなと思っていました。というのも、アフタースクールを全国に広めるというのはあくまで手段でしかないからです。ビジョンではありたい世界観、目的を語るべきだと思っていました。
そこで、そのタイミングでビジョンについてもメンバー間でじっくり話し合った結果、「放課後はゴールデンタイム」という新ビジョンができました。今後の我々の方向性を指し示す、非常にいいビジョンだと今でも感じています。
──ビジョン作りについて、何かポイントはありますか。
平岩:私は自分で言ったことは必ず叶えたいタイプなので、実行できると思えるビジョンであることは心がけました。あまりにも大きすぎたり、非現実的だったり、抽象的だったりすると額に入っただけのビジョンになってしまいます。みんなが本気で目指せるビジョンを掲げたいと思っています。
ビジョンは組織運営において非常に重要なので、定期的に見直すこともしています。毎年3〜4回、「全体会」を開催し、自分たちが本当にビジョン達成に向かえているのか、全社員で話し合っています。いい話ばかりでなく、モヤモヤする話も積極的に取り上げています。勇気を出してモヤモヤを話し合うことは、不満や悩みを解消し、組織としての一体感を保つことにすごく役立っていますね。
1on1でなければ話せないこともある
──全体としての話し合いを重視されてきたことがよくわかりました。
平岩:全体としての話し合いも重要ですが、1on1、つまり1対1の話し合いもやはりまた重要です。1対1で向かい合わないと引き出せない話もありますからね。常勤スタッフについては現在も私が1on1を全員と行っています。コロナ禍以前はそれぞれの事業所まで出向いてやっていましたが、最近はオンラインでできるようになり、非常に効率的になっています。
──1on1をする際に気をつけているポイントはありますでしょうか。
平岩:きちんと聴くことですね。相手が言いたいことを全部言えているかには気をつけています。そして一番重要なのは、本人がモヤモヤしている部分を重点的にヒアリングすることです。1on1をする前に、あらかじめ「モヤモヤを共有してね」と伝えて準備してきてもらいます。全体ミーティングなどでは絶対話せないこともありますから。
私たちはまさに「人がすべて」と言える法人ですので、採用の場面でも、最終面接では必ず私が行っています。「放課後NPOに入っていただいたら、この方が幸せになれそうか」という視点で見ています。
──組織が大きくなってくるにつれて、それぞれのメンバーに対して平等に接することは難しくなっていくのでは。
平岩:だからこそ、良いバランスがあるようにルールを作るんですね。1on1にしても、ルールに則ってやる。そうすると、ルールに対する不満や要望が出るようになる。みんなの声をもとにルールの改善を重ねていくことで、よりよい組織を作っていくことになります。
ですので、ビジョンだけでなく、組織のルールも定期的に見直すことになります。こちらも1年かけてじっくりと話し合います。経営者が決めてしまえば早いでしょうが、アップデートのプロセスにみんながかかわることに意義があると思っています。
「パッションのある」人を採用する
──放課後NPOアフタースクールは以前、日本財団とソーシャル・インベストメント・パートナーズ(SIP)が共同運営しているJVPF(日本ベンチャー・フィランソロピー基金)の支援先にも選定されました。そこでの学びはありましたか。
平岩:当時、採用活動を行っていて、いかにも優秀そうなビジネスパーソンが面接に来ました。私は「スキル面を重視して採用したい」と思っていたものの、なんとなく不安を感じていたところ、JVPFに参画されていたSIP代表理事(当時)の白石智哉さんに、「本当はその人、採りたくないんじゃないですか」と言われてギクッとしました。本当にその通りだったからです。というのも、その男性は少しパッションの面で不安があった。我々のビジョンに共感しているわけではなさそうな感じがしたんですね。だから結局、その人を採用することはやめました。子どもとかかわる業界なので、採用が本当に重要です。だからこそ、「パッション重視」をベースにしながらスキル面を見る採用にしています。
──「ほしい」と思える人材を採用するためのポイントを教えてください。
平岩:何か1つでもいいので、採用において強みを作ることです。我々の場合であれば、働きやすさ、子育てとの両立のしやすさです。そこには徹底的にこだわってきました。それ以外に欠点があったとしても、1つだけでも強みがあれば、優秀な人材を採用できる可能性が高まります。スタートアップの場合、全部そろわないとは思いますが、自社ならではの強みを1つだけでも作ってみてはいかがでしょうか。
──そこまでこだわりを持って採用しても、離職してしまうこともありますよね。
平岩:我々の場合、離職率は例年5%程度です。私たち組織の退職理由として特徴があるのは、「燃え尽きてしまった」というものですね。もう1つは、「自分は役に立っていないんじゃないか」という不安です。どちらも早い段階から1on1で聞いておけるといいのですが、メンバーが多いのでなかなかそうもいかない場合があります。「退職したい」と伝えられるのが、今でも最もショックが大きく、その方に非常に申し訳なく感じ、深く落ち込みます。
──採用した人が組織にうまく馴染んでもらうために、工夫していることはありますか。
平岩:私たちの場合、離れた職場で働くケースが多いので、組織のコミュニケーション活性化の目的で部活制度を設けていて、効果的な手段になっています。食べ歩き部・ワイン部・アウトドア部・謎解き部など色々とあります。新しい人が入部しないと部費がもらえない仕組みも設けているので、みんな新しいメンバーをそれぞれの部活に勧誘してくれます。他にも、ウェルカムランチなど、さまざまな工夫をしています。
組織を何で「握る」のか
──組織が崩壊しないように気をつけていることがあれば教えてください。
平岩:トップの人が外向きの活動と、内向きの活動、それぞれのバランスを考えることですね。スタートアップで多いのが、外向きの活動ばかりに力を使ってしまって、内部から気づかないうちに崩壊してしまうケース。特に組織が少し大きくなる時に気をつけないとなりません。トップは外向きの活動から逃れるのは難しいですが、私もメンバーが多くなるほど、より内向きの活動に力を使うよう意識するようになりました。
メンバー同士に色々と意見の相違があっても、私たちのような子ども関連の仕事の場合、「何が子どものためになるのか」という問いで1つになれるんですよね。だから、どの方向を向いているか、結局ビジョンが大事になります。
──お話を聞いていると、平岩さんは今まであまり大きな失敗をされてこなかったのではないでしょうか。
平岩:失敗を失敗と捉えていないだけだと思います。エジソンもそう言っていましたが、失敗しても「上手くいかない方法をまた1つ見つけただけ」と考えればいいのではないでしょうか。組織をマネジメントする上で、人からみたら「小さな失敗」はいろいろと経験してきたかもしれません。しかし、私自身はその都度、「失敗」してしまったと落胆するよりも、どうしたらよいか、次に活かすようにしてきましたね。うまくいかない方法を見つけて、次はどうしたらうまくいくかを考え続けていけば、きっといつか「うまくいく方法」を見つけることができるでしょう。
平岩 国泰(ひらいわ くにやす)
放課後NPOアフタースクール代表理事/新渡戸文化学園理事長。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、経営企画・人事・新規事業などを担当。2004年長女の誕生をきっかけに、放課後NPOアフタースクールの活動開始。学校施設を活用したアフタースクールを21校開校、のべ100万人以上の子どもが参加。アフタースクールに加えて、自治体と協働し日本全国の放課後を豊かにする活動および企業と連携した教育プログラムの全国展開の3本柱で事業を推進。グッドデザイン賞(4回受賞)他各種受賞。2013~2019年文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員。2019年~新渡戸文化学園理事長。未来の学校と放課後づくりに全力で挑む。 <著書>自己肯定感育成入門(夜間飛行)
特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール