レポート

失敗したくない研究開発型スタートアップ経営者は適切な知財戦略を立てよう。INPIT(インピット/独立行政法人工業所有権情報・研修館)インタビュー

まだ生まれたてで力のないスタートアップにとって大きな武器となるのが特許・意匠・商標などの知的財産権(以下、知財)だ。知財を上手く活用できるかどうかによって、その後の飛躍が大きく変わってくる。

INPIT(インピット/独立行政法人工業所有権情報・研修館)は、スタートアップや中小企業などの知財に関する相談に気軽に応じてくれる。今回は、INPIT知財戦略部の高田龍弥氏、菊地慎司氏の両氏に、知財に関してスタートアップがつまずきやすい落とし穴や、知財戦略のあるべき姿などについて聞いた。

「知財などまだ関係ない」と思っているスタートアップ関係者の方々にも、本記事でご紹介する先輩スタートアップのように手痛い失敗をしないためにも、ぜひお読みいただきたい。

INPITとは?知財について何でも気軽に相談できる組織

──そもそも、INPITとはどういう団体なのでしょうか。

高田:経済産業省・特許庁所管の独立行政法人として設立された「知財に関する総合支援機関」です。中小企業やスタートアップが持つ競争力の源泉を「知財」として生かして頂くため、様々なサービスを提供しています。営業秘密管理や海外展開に関する知財支援なども行っています。主に政策立案が特許庁、その執行部隊のひとつがINPIT。そんな役割分担だと考えるとわかりやすいかもしれません。

INPITの事業のなかでも力を入れているのが、IPランドスケープ支援事業です。IPランドスケープ支援事業とは、中小企業やスタートアップに対して特許情報や市場や事業に活かせる情報を組み合わせて分析し提供する事業です。

特許は出願されて1年半後には公開されます。合法的に他の企業の研究開発内容やその動向を覗き見ることができるのです。そうした特許情報と経済情報を掛け合わせて分析すると、どういった企業とアライアンスを組めばいいのか?狙い目の研究分野はどこか?など、さまざまなことが発見できます。

菊地:IPランドスケープ支援事業が提供する分析情報は、現場の技術者だけではなく、主に経営者層に役立つものです。今後の経営戦略や販売戦略、自社の競争力の強化などを考える上で、そうした分析情報は役立ちます。主に新規事業創出や新規顧客開拓のための戦略を立てるために利用される方が多いです。スタートアップや中小企業の方々にもご利用いただいています。

IPランドスケープ支援事業の詳細はこちら

高田:ほかにも、熱意を持った中小企業やスタートアップの事業成長を加速させる「加速的支援」を実施しています。加速的支援は、専門家チームによるオーダーメイド型の支援を提供しています。技術の権利化で参入障壁を築いたり、あるいは権利化した技術で収益化を目指したりできるようにビジネスモデルやアライアンス契約のチェックなど、知財戦略という軸でさまざまな支援を行っています。

スタートアップが特許を取るメリットとよくある失敗

──特許を取得するメリットを教えてください。

高田:具体的には「独占」「連携」「信用」の3つのメリットに分けられると思っています。

「独占」のメリットに関しては言わずもがなです。特にスタートアップの場合は、特定の技術を「独占」することでM&AなどのExit戦略が見えてくることもある。例えば、とある大企業がある製品分野にとって非常に有用な技術がほしいけれども、その技術はスタートアップが特許を取って独占しているとなれば、スタートアップ自体を買収するという検討をするかもしれません。買収とまではいかなくても、そのスタートアップから特許権のライセンスを受けるなどは十分にありえます。さらにM&Aやライセンスに至らずとも、原始的な効果として、優れた特許には競合へのけん制効果が期待できますので、スタートアップは市場での競争を優位に進めていくこともできます。

研究開発型スタートアップの場合、「連携」のメリットも大きいです。スタートアップが特許を持っていれば、大企業や大学などと組んで研究開発を進めていく端緒を掴むことができます。せっかく革新的なコアテクノロジーを開発したとしても、特許がなければ大企業と連携することは困難です。大企業からするとビジネスに必要な開発・量産・販路の体制は自前で揃えられているのが通常ですから、特許等の知的財産を持たないスタートアップとわざわざ連携する価値を見いだせません。しかし、有力な特許等があれば、それが連携の契機となり、またリソースが圧倒的に勝っている交渉相手に対して、スタートアップが優位に立てる数少ない武器のひとつとなるでしょう。



もうひとつのメリットが、「信用」です。例えばスタートアップ経営者が「自分たちの技術はすごいです!」といくら投資家に口で伝えても、簡単には信用されません。しかし、その裏付けとして特許権を取得していることを示せれば、少なくとも当該特許の権利範囲においては技術を独占しているし、世界初の技術であると国からお墨付きを得ていると言えるのですから、説得力が全然違ってきます。

──スタートアップが特許に関して気をつけるべきことは何でしょう。

高田:よくある失敗は、展示会や交渉の場などで他社に詳細な技術情報やその背景にある潜在的な顧客の課題を安易に教えてしまうことです。それを聞いた他社の技術者が顧客の課題に気づき、その解決技術の着想を得てしまい、同様の技術を開発されてしまった、という話は本当によく聞きます。

また、契約ほしさに他社と独占的なライセンス契約を安易に結んでしまうのも、よくある失敗事例です。独占的に特許を使用できる独占ライセンス権を特定の企業に設定してしまうと、当該ライセンシーが積極的に特許製品を販売しなくなった時に、期待したロイヤリティ収入が全く得られない などの問題が生じます。いわゆる「塩漬けリスク」です。せっかく虎の子の技術を特許権として取得しても、その後の契約次第では一銭のお金にもならない、という悲劇を招いてしまいます。

意匠・商標にも落とし穴が潜んでいる

──特許以外にも、意匠・商標についても支援されているんですよね。

菊地:そうですね。INPITが各都道府県に設置している「INPIT知財総合支援窓口」では実際に、ブランド化戦略を含めた商標に関する相談が一番多いです。

高田:商標についても明確な戦略が必要です。

あるスタートアップが自社の商品をリリースしたタイミングで、第三者がその商品の名称で商標権を取得してしまい、商品を販売できなくなったことがありました。そのスタートアップは商品名に思い入れが強かったので、裁判を起こしてその商標を取り返すことにしたのですが、商標を取り返すのに約3年、その後の損害賠償請求の判決を得るまでに約5年を要したといいます。その間、事業のスピードが鈍ったことは明らかで、時間が何よりも重要なスタートアップにとっては本当に致命傷になりかねません。商標の取得もリスクマネジメントのためには非常に重要です。



──意匠についてはどうでしょうか。

高田:過去に、某下着メーカーが「着るだけで運動機能が上がるウェア」を中国に展開していました。現地で特許権も取得していたのですが、現地の模倣品は「着るだけで運動機能が上がる」特許の技術については再現できておらず特許権のみではその模倣品を差し止めることはできませんでした。そこで効果を発揮したのが意匠権です。デザインはしっかり模倣されていましたので、意匠権の行使で模倣品を駆逐したといいます。このように、意匠が重要になる場面も当然あります。このような特許や意匠などを組み合わせる戦略を「知財ミックス」と呼びます。

商標権・意匠権とは

商標権・意匠権につきましては、INPITの提供する、知的財産eラーニングサイト「IP ePlat」にて、動画で詳しく知ることができます。

【意匠・商標制度の概要(2022年度初心者向け説明会)】

スタートアップ向けコンテンツのみならず、IPランドスケープ、知的財産戦略など、ビジネスに役立つコンテンツを幅広く提供いたしております。

【IP ePlatトップページ】※全コンテンツ無料でご視聴いただけます。

また商標権等の詳細については以下のURLからもご参照頂けます。

特許庁の制作したスタートアップ向けのホームページとなります。

起業をお考えの方が最低限準備すべきこと、知的財産に関する準備、知財の基本ルール、権利化にかかる費用や手続概要等についてまとめております。

スタートアップ向け情報の詳細はこちら

スタートアップのあるべき知財戦略

──スタートアップにとって知財戦略とはどのような意義があるのでしょうか。

高田:まずはリスクマネジメント力の強化です。知的財産を権利として保有しない限りは、やはり他社に自社が開発した技術・デザイン・ブランドを模倣された際に、自身のオリジナルであると主張して差し止めることはできません。次に連携のフック機能としての役割です。研究開発型スタートアップは、人的リソースが限られますし、量産や販売のフェーズ、あるいはもっと早い段階から事業会社と連携してスケールしていくことが重要です。そこで重要になるのが知財をテコにした契約交渉力、つまり法務力です。最初から法務に強い人材を抱えることは難しいでしょう。一方、大企業には法務のプロ、交渉のプロがたくさんいます。スタートアップが、大企業などと連携や取引をする際に、公平な立場でビジネスを進めるためは、交渉で優位に立てる強い知財を獲得する戦略をしっかりと立案しておいたほうがよいでしょう。

──どんなスタートアップが特許を取るべきなのでしょうか。

高田:研究開発型のスタートアップはもれなく取るべきです。自社の競争力の源泉となるコア技術が見えた段階で、素早く取得を検討してください。



ただし、ITやAIの分野での特許の取得はさらに検討と工夫が必要です。AIの中身がブラックボックスなので、取り方次第では自身の特許権が侵害されているかどうかが分からず、結局取得しても意味がない、ということもありえます。

他方、IT等のWebサービスの分野だからといって特許権が無関係では全くありません。「こういうことが特許になるのか」と少し意外に思うものであっても、ビジネスモデル上、強い競争優位を発揮する特許権も実際にあります。非常に有名なのはAmazonのワンクリック特許です。その名のとおりワンクリックで商品を購入できる仕組みに関して「特許」を持っていました。

この特許はAmazonの売り上げ拡大に非常に大きな貢献をした、と評価されています。Amazonの例のように、「事業上の競争優位を得られる、言われてみれば誰でも実装できるけど、それでいて特許化されているので真似できない」特許を取得できると、非常に強いです。逆に、技術的に先進的すぎるものであれば、他社は容易に真似できないので、特許権を取得するよりも、むしろノウハウとして秘匿するほうが競争上優位に立てるということもあります。

──逆に特許を取らない戦略もあり得る、ということでしょうか。

高田:あり得ます。先進的すぎる技術以外にも、食品のレシピなどはノウハウとして保護することが馴染む領域で、コカ・コーラの事例が有名です。コカ・コーラのレシピは、社内のごく一部の人間だけに代々伝承されてきているそうです。特許出願することで、情報が開示され、レシピが模倣されてしまうリスクを回避しています。スタートアップにおいても、こうした戦略は技術領域やビジネスモデル次第で十分にあり得ると思います。

──「特許を取得したい」と考えたら、どのタイミングで相談するのが良いでしょうか。

菊地:自社技術の権利化について疑問が生じたら、その際すぐにINPITや関連機関、あるいは知財の専門家にご相談ください。例えば各都道府県にありますINPIT知財総合支援窓口にご相談をいただければ、相談者様とご一緒に特許権の取得やそれ以外の選択肢も含めた知財戦略を考えるご支援をさせていただきますので、ぜひお気軽にご相談くださればと思います。


高田 龍弥(たかだ たつや)

知財を切り口にした中小企業・スタートアップ支援に7年以上携わっています。特許庁オープンイノベーション推進プロジェクトチームの創設メンバーの一人で、オープンイノベーション促進のためのモデル契約書、特許情報を活用したビジネスマッチングなどを企画から運営まで任せて頂ける幸運にも恵まれました。この経験から、特にディープテック系スタートアップにとって知財と法務は必須かつ重要な取り組みと確信しています。

知財・法務はサッカーでいえば“守り”のディフェンダーですが、時に“攻め”に転じることが求められるサイドバックと言えます。現代サッカーにおいて極めて重要なポジションで、”全員攻撃!全員守備!”のスタートアップでは特にそうでしょう。皆さんのサイドアタッカーを強化する“無料”で雇えるコーチとして、INPITをフル活用ください!

お問い合わせ
INPIT知財戦略部営業秘密管理担当
電話:(代表)03-3581-1101 内線3841
E-MAIL:trade-secret@inpit.go.jp

INPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)


菊地 慎司(きくち しんじ)

(独)INPIT知財活用支援センター知財戦略部主査
知財戦略部でIPランドスケープ支援事業の担当しております。昨年度1年間をかけてINPIT全体で検討を重ねた本事業が、今年無事キックオフでき、またスタートアップ企業の皆様からもお申し込み頂き「これからだな!」と実感しております。

ご紹介させて頂いたとおり、本事業では皆様の【課題】に対して寄り添いを少しでも解決することにを目的としております。反面、皆様にも「ビジネスの課題の深掘り」「目指すビジョン」「成果の活用方法」などなど…必要な範囲でご協力頂く必要もある事業です。

ぜひ皆様の次のビジネスを私たちにお手伝いさせて下さい!

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INPIT知財戦略部営業秘密管理担当
電話:(代表)03-3581-1101 内線3841
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