レポート

生後1カ月の赤ちゃんを育てながら起業。ドロップ三浦氏に聞く家庭と起業の両立の秘訣

家族との生活を両立させながら起業する。育児と会社員の両立でも大変であるのに、まして起業となれば、その大変さは計り知れない、と考えるのが一般的な感覚ではないだろうか。

そんな常識を覆す起業家がいる。茨城県水戸市で甘いフルーツのようなトマトを栽培する農園を営む、株式会社ドロップ代表取締役の三浦綾佳氏だ。三浦氏は夫の三浦浩氏と夫妻で農園を経営している。三浦氏が起業を決意したのはなんと、お子さんが生後1カ月の頃だというから驚きだ。

子育てが大変な時期に起業し、現在も着々と事業を拡大している。ビジネスとプライベートの顔をどう使い分けているのか。今回は、三浦氏にその秘訣を伺った。

子育ても諦めず自分たちでできる領域を探して農業を選んだ

──なぜ水戸という土地を選ばれたのでしょうか。

三浦:ビジネスにベストな農地が水戸にあっただけで、本当はどこでもよかったんです。東京に販売の拠点を持ちたいとは思っていましたので、東京に近い場所で探していたところ、水戸の高台にトマト栽培に適した土地を発見したんです。結果的に、子育てがしやすい環境でもあったので、すごく気に入っています。

──三浦さんが選ばれた土地がトマト栽培に適している点を教えてください。

三浦:なるべく高台で水害の影響を受けないこと。防風林に囲まれていて台風の影響を受けづらいことなどですね。

──もともと、東京の広告代理店にお勤めだったそうですが、なぜ農業という分野で起業されることを選んだのでしょうか。

三浦:農業にこだわりがあったわけではありません。あくまでこれまで生きてきたなかで培ってきた販売・営業、マーケティングのスキルを生かした事業で、子育ても諦めない事業を探していました。アパレルや飲食も検討しましたね。

子どもが生後1カ月の頃にたまたまテレビで「おいしくて甘いトマトが作れる」ということを知りました。そのときに「おいしいトマトが自分でも作れるなら、売ることはできるな」「面白そうだな」と思ったんです。そこでトマト農業という分野で起業することを決めました。それまで明確に起業しようとは思っていなかったのですが、そのタイミングで思い至ったんです。

私は学生時代に接客業を長くやっていて、そこで商売のセンスみたいなものを獲得しました。同じ商品を売るのでも、人によって売り方が違うこと、どうやって売ったらいいかということは感覚的にわかっていたんですね。起業したい学生にはよく「接客業をやると、ビジネスパーソンとしてセンスが磨かれていいよ」と伝えています。その後、広告代理店でも働いたので、売ることには自信がありました。

夫とは広告代理店時代に出会いました。当時はクライアントだったんです。クリエイティブができる夫と、販売ができる私。お互いの強み・弱みを補い合って、2人でチームを組むとすごくいい仕事ができたんです。そのときの役割分担で今でもビジネスしています。

農業ほど働きやすいビジネスもない

──農業と聞くと、キツそうなイメージがあります。ずっと農園で働いていないといけないのではないでしょうか。

三浦:今はツールがたくさんあるので、より働きやすくなってきました。ただのトマトを作るだけであれば、リモートワークでもできる用になっています。弊社はIOTと人の目のバランスを重視していますが、ハウスの環境はスマホから制御できます。もちろん片手間でできる仕事ではないですが、やり方次第です。私も最近は趣味の時間を多く取れています。

これまで農業が「ブラック」だと言われてきたのは、家族経営や個人経営など、「一人プレー」が多かったからですね。今は農業法人も増えてきて、会社として農業に取り組む方が増えてきています。チームプレーができれば、定時で帰ることもできます。それができると、こんなに働きやすい業界もありません。

ビジネスで利益が出るのは後なので、まずは継続できるように組織化してきちんと休みもとりながら農業に取り組むのがいいと思います。

──そうした意味では、働きやすい農業という分野での起業するのはおすすめできそうですね。

三浦:農林水産省も、農業を働きやすい仕事にすべく、色んな発信をしていますよね。例えば農業に興味がない英文科の子が農業で起業してもいいんです。英語の強みを生かして、これまでとは違ったタイプの農家さんになれるかもしれません。商社などの力を借りずに直接海外に販売するとか、そういうことができますよね。

ビジネスの基盤を農業にしてしまえれば、そこからレストランなどの派生事業を展開するのは比較的に容易です。弊社の場合、おいしいトマトが手元にある。そのトマトを軸にして、直売所やカフェなど展開できている状況です。ビジネス展開の仕方も多様で面白い農業での起業は、ぜひおすすめしたいところです。

乳幼児を育てながらのスケジュール管理術

──生後1カ月で子育てが大変な時期に起業されるというのは、すごいですね。どうやって時間をやりくりされていたのでしょうか。

三浦:タスクに追われていました。農地を借りたり資金を借りたり、子どもの世話もあるし、と、とにかく動いていました。忙しすぎてそのときの記憶はありません(笑)。

でも「起業したい」と思っている人であれば、そこの時期を乗り越えられる原動力はみんなあると思います。

──起業家精神があっても難しいようにも思います(笑)。当時はどういったスケジュール感だったのでしょうか。

三浦:保育園に朝7時に子どもを預けて、18時にお迎えに行かなければいけなかったので、その間の時間にタスクをできるだけ詰め込んでいました。18時からは家族の時間と決めていたので、それ以降はなるべく仕事をしないようにして。農業は対人ビジネスではなく、やることが決まっているので、時間のあるときに1週間先にやるべきことまで先回りして進めておくという働き方もできるんですね。

そういう風に、業務時間を区切ると気持ち的にも非常に楽になりました。「もう18時だから」と自分に言い聞かせて、電話対応やメール対応など翌日に回すなどしていました。時間を区切ることで私も従業員も自分の時間を作りやすい雰囲気が会社のなかにできていきました。

──18時以降はどういった過ごし方をされているのでしょうか。

三浦:夕食を食べた後は、犬と過ごしています。3匹飼っていて、ビーグル犬の「エマ」「ハリー」、フレンチブルドッグの「あん」です。子どもとの時間は気が抜けないですが、犬と過ごしていると本当に癒やされます。

──大忙しですね。

三浦:家庭でも常にビジネス視点で、いかに効率よく家事や育児をこなしていくかを考えています。そこは楽しんでやれています。

常にわくわくしていたいので、ビジネスでも家庭でも、どんどんやりたいことはやっていきたいです。

起業家なりの家族のあり方を探せばいい

──起業とプライベートの両立は難しいと思いますが、優先順位はどうされているのでしょうか。

三浦:うちの場合はビジネスが一番です。子どもにも、「うちは会社を守る社長の家だ」と伝えています(笑)。従業員がいて、その人たちの生活がかかっている、とも伝えています。小学校2年生なので、そうしたこともわかってきたのではないでしょうか。

起業した当初は、「子どもとの時間が作れなくて申し訳ない」とも思っていたのですが、今は全然そう思いません。むしろ、一緒にビジネスを楽しんでほしいな、って。

──なるほど。最近は理想的な家族像に囚われている方も多いと思います。家事も育児もベストを尽くさないといけないというプレッシャーがあると思いますが、「あくまでビジネスが一番」と決めてしまえればいいですね。

三浦:せっかく起業家になったんですから、起業家なりの家族のあり方を探せばいいのかな、と思います。子育ての形はいろいろあっていいじゃないですか。固定観念に囚われず、それぞれのご家庭なりの子育てをすればいいと思います。私も、最初はかなりデリケートに子育てしていましたが、途中からは「命に関わることかどうか」を優先順位の基本として、手を抜けるところを探しました(笑)。

──子育てすることと起業は両立できないと考えられている方もいると思います。しかし今の三浦さんのご意見はとても勇気づけられるものでした。

三浦:子どもがいることで広がっていくビジネス展開もあります。例えば、今持っている森を子どもが楽しめる場所にしたいので、知り合いの博物館勤務の方にカブトムシのバナナトラップの作り方のワークショップをやってもらったりしています。もちろん、ビジネスとしてです。そういう風に、子育てはビジネス視点でもマイナスにはなりません。むしろ、新しい視点が入ってきてプラスに働くことも多いです。

──ご趣味などはおありですか。

三浦:旅行が趣味なので、コロナ禍になる前までは沖縄に毎夏行っていました。先回りでビジネスのタスクをこなしておけば行けないこともないので、また近いうち、沖縄に行きたいですね。


三浦 綾佳(みうら あやか)

株式会社ドロップ代表取締役ドロップファーム代表。平成元年生まれ、広島県出身。2014年、自身の出産を機に、仕事も子育てもあきらめない働き方、これまでのキャリアを生かしたビジネスとして、「生産」と「販売」の両輪を重視した農業の形を目指し、起業。25歳で代表取締役に就任。未経験の分野である農業で「素人」でも農業ができる環境を目指し、様々なツールを導入し、見える化を実践。「ドロップファームの美容トマト®」というブランドトマトを手掛ける。新規就農1年目で東京・恵比寿三越の店頭にトマトが並び、その後、銀座、日本橋の三越と、販路を開拓。一人一人の働き方に関する「価値観」を大切にした会社経営で「新たな農業の形」を目指す。
ドロップファーム


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