インタビュー

漫画でスタートアップを応援する
「スタンドUPスタート」著者・福田秀先生インタビュー

漫画でスタートアップを応援する 「スタンドUPスタート」著者・福田秀先生インタビュー

いま「起業のリアルが描かれている」と、起業家や投資家のあいだで話題になっている漫画がある。『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載中の『スタンドUPスタート』だ。

作中に登場するのは、銀行員や学生、主婦、タクシードライバーなど、どこにでもいる“フツーの人たち”。共通しているのは、いずれも「失敗」や「挫折」に直面し、人生そのものに価値を見出せなくなっていることだ。そんな彼、彼女らが、「スタートアップ」(起業)することで、再び生きる意味を取り戻していく。

作者の福田秀さんに、なぜスタートアップをテーマにしようと思ったのか、起業の裏側をどのように取材しているのか、また、「社会起業家」に対する思いについてお話をうかがった。

作品の根底にあるのは渋沢栄一の思想

――そもそも、なぜ「スタートアップ」を題材にした漫画を描こうと思ったんですか?

福田:姉との会話がきっかけです。姉は銀行員なんですが、姉から「AIの台頭で仕事がなくなってきている」という話を聞いて。今はそんな大変なことになっているのかと。銀行が「生涯安泰」じゃなくなってきているのなら、一般企業でも、先行きに不安を感じながら働いている方が多いんじゃないかと思ったんですね。

その一方で、自分は漫画家という個人事業主で、いろいろ自己判断で楽しく仕事ができているわけです。「自分のような人でも、誰かに雇用されない生き方ができるんだから、みんなもきっとできるよ」ということを伝えたくて、「スタートアップ」をテーマにした漫画を描くことにしました。この漫画を読んで、会社に勤めるという以外の選択肢があるということに気づいていただけたらうれしいですね。

――主人公の三星大陽は、「人間投資家」を自称する投資家です。仕事で挫折した人や心に闇を抱える人たちを「起業」に導き、人生の再スタートを支援しています。誰かモデルはいるんですか?

福田:モデルはいないですが、思想の方向性としては渋沢栄一を軸にしています。恥ずかしながら、本作の連載を始めるまで渋沢栄一のことを知らなくて……。連載開始にあたって、いろいろビジネス書や経営哲学書を読み漁るうちに、すごくいい考えを持っていた方だと思って。それで調べたら、今後、一万円札になるということがわかって、担当編集者とも「これは狙い目だね」と(笑)。

渋沢栄一

近代日本経済の父と呼ばれ、「公益を追求する」という理念のもと、銀行、インフラ事業、土木、運送、製紙、飲料ほか500以上の企業の設立や運営に携わる。財閥が全盛だった時代のなか、携わった企業の多くは株式会社の形態をとり、「開かれた経営」を行った。困窮者や身寄りのない子どもなどを養うための施設である「養育院」設立のほか、600以上の社会事業にも力を注いだ。

ただ、ベースは渋沢栄一なんですが、結局、大陽には自分自身の考えがいちばん強く反映されているような気がします。

『スタンドUPスタート』(集英社)1巻より

――渋沢栄一の思想は、作中にもたびたび登場しますね。とくにどんなところに共感されたんですか?

福田:渋沢栄一の著書『論語と算盤』の中で、「経済と道徳は決して相反するものではない」ということが説かれているんです。「人の道徳心のなかに、利益追求があってもいい」という考え方がすごく好きで、実際にそうであってほしいと思っています。

一方で、「人助けに利益を求めてはいけない」という考えも根強いと思うんですが、自分はその考えにちょっと違和感を覚えてしまいます。人の善意に頼り切ったビジネスモデルって、長続きしないと思うんですよね。

――そのように考えるようになった、きっかけはあるのですか?

福田:知り合いに知的障害のある方がいて、施設にうかがった時に印象的なことがあって。そこでは障害のある方々に小物や雑貨などを作ってもらい、販売していたんですが、製品のクオリティとは関係なく、善意によって買い支えられている側面があり、少し違和感を持ちました。人の善意が根底にあるビジネスモデルが悪いわけではなく、むしろ必要だと感じます。でも、長続きさせるのは難しいと思うんですよ。

――福田先生は、ビジネスでは何より、世の中に価値あるものを提供することが大切だと感じていらっしゃるんですね。

福田:そうですね。つい先日、いただいたお菓子がおいしくて、どんなところが作っているのか調べてみたら、障害のある方々を積極的に雇用している会社だったんです。

他にも、最近若者の間で話題になっている石鹸が、障害のある方々によって作られていたというケースもありました。製品のクオリティが評価されて、きちんとビジネスが循環している、すごくいい例だと思いました。

ちなみに、これ(身につけているアイテムを見せながら)は、障害者がアーティストとして活躍している「ヘラルボニ―」さんの商品です。日本財団さんのサイトを見たときに、たまたま見つけて買いました。こういうデザイン、好きなんですよね。

――そうだったんですね! なんかすごくうれしいです。

福田:あはは(笑)。

『スタンドUPスタート』では、大陽の投資がボランティアにならないように気をつけています。最近、「IRR」(内部収益率)というものを知りました。簡単に言うと、投資の効率を数値化したもので、IRRの数値が高ければ高いほど、将来の利益が見込めます。

大陽は、この「IRR」の基準が一般の投資家よりも低いという設定です。大きなリターンは期待していないけど、投資家である以上、最低限の利益は出すという考えで行動している。現時点では、そのことを明確には描いていませんが、大陽の人物像を理解してもらううえで大事なところでもあるので、今後、作中で表現していくつもりです。

ビジネスの「白と黒」両面を描く

――『スタンドUPスタート』では、起業家の悩みや事業内容がものすごくリアルに描かれていると感じます。取材はどのようにされているんですか?

福田:連載開始当初は時間に余裕があったので、起業家や企業の方に対面で頻繁にお話を聞いていました。でも、現在は連載が忙しくなってしまったので、監修の上野豪さんに確認したり、調査をお願いしたりすることが多いです。

――実際に取材で印象的だったエピソードはありますか。

福田:パチンコ店を取り上げたストーリー(単行本3巻収録『白と黒』)を描く際に、パチンコチェーン企業の方から聞いたお話は印象に残っています。人の射幸心を満たす「欲求ビジネス」という“グレー”な仕事であることを、ご本人たちが誰よりも強く認識されていて。だからこそ、コンプライアンスをより強化しているとのことでした。

『スタンドUPスタート』(集英社)3巻より

それから、「世間に対して言いたいことはいっぱいあるけど、それを大きな声で言えないもどかしさがある」ともおっしゃっていて。作品として描く以上、先方の意図を完全に取り入れたってわけではないんですが、なるべく彼らが伝えたいことを取り入れて、パチンコ業界の「黒」と「白」の両面を描きました。

――ご自身はパチンコをされるんですか?

福田:いえ、しません。だから特別に興味があったというわけではないんですが、「パチンコは絶対だめだ。害悪だからなくすべきだ」という考えを持つ人の話を聞いたことがあって。でも、自分にはその理論がどうもしっくりこなかったんです。

過去にアメリカで禁酒法が失敗した例もあるように、「害悪だから完全になくす」という考え方は危険な側面もあると思います。グレーでも産業として成り立っているものには、必ず何らかの意味があるはずです。パチンコをテーマに選んだのは、白か黒かじゃなくて、グレーが許される世界であってもいいじゃないかと、自分自身を納得させたかったからかもしれません。

失敗しても、何度でもスタンドアップすればいい

――読者からはどんな反応が届いていますか?

福田:起業家の方からSNSでフォローされることが増えましたね。監修者の上野さんからは「周りの起業家の方が読んでいる」と聞いています。ありがたいことです。

定年後の再就職問題(単行本2巻収録『俺を雇ってよ』)を描いたときは、ネットで少し話題になったみたいです。そこそこ高い地位で定年退職した会社員が、「キャリアのある俺を雇ったほうがいいぞ」と知人を訪ねて困らせる話で、「扱いににくく、給料も高い定年退職者に売り込んでこられて困っている」という人が、現実に割と多くいたんですね。潜在的な共感者がいることにびっくりしました。

結局、本編の定年退職した会社員は、大陽が立ちあげたスタートアップで働いたことで人生の価値観が変わり、仕事よりも家族と過ごす時間を大切にするようになります。第二の人生のスタートです。漫画は登場人物の成長を描くものだと思っているので、本作でもその基本スタンスは貫いていますね。

――日本財団は社会課題の解決に取り組むスタートアップの支援を行っています。今日、お話をうかがって、福田先生も社会課題の解決に関心が高い方なのかなと思いました。

福田:自分ではよくわからないですね(笑)。ただ、もともと「循環するシステムを構築することに気持ちよさを感じる」ということはあります。ビジネスって、人の需要と供給を拾ってうまく利益を循環させることだと思うんですけど、そういう話は取材でも面白く聞けますね。

前に「インパクト投資」を行っている人に話を伺ったことがあったんです。投資って、一般的には短期での金銭的リターンを狙うものなのに、それは長期的な社会へのインパクトも考慮する投資で。
もしかしたら、自分の生きているうちには間に合わないかもしれないけど、将来的に社会的なリターンを生み出す事業があるかもしれないと思うと、とても面白いですし見てみたいですね。

――「社会起業家」にはどんなイメージを持っていますか?

福田:世界を変えたい、世の中の役に立ちたいというモチベーションで起業されている方は、めちゃくちゃすごいなぁと。ただ、自分のやりたいことを追求したら、いつの間にか世界を変えていた、という順番もアリだと思うんですよね。いま自分が描いているのはおそらくこっちで、どこにでもいるフツーの人たちが、起業した結果、すごいことができるっていう方向を描いてきたいですね。

――今後、『スタンドUPスタート』で取り上げたいテーマを教えてください。

福田:いずれ詐欺系の話は描きたいですね。スタートアップの社長さんって、詐欺に遭う可能性も高いらしいので。漫画のネタとしては面白いですし。3巻のおまけで「ポンジ・スキーム」という投資詐欺の話を少し載せたんですけど、もうちょっとガッツリ描きたいなと。

ポンジ・スキーム

「あなたのお金を運用して配当を支払う」と出資を集めるが、実際には運用せず、姿をくらますなどしてお金を騙し取る詐欺。一時的には、新たな出資者からの金を配当金として支払うことがあるため、詐欺と気付きにくい面がある。

――楽しみにしてます。最後に、これから起業したいという人に向けて、メッセージをお願いします。

福田:自分自身、会社勤めをしたこともありませんし、偉そうなことは言えないんですが、
漫画家の経験をもとにいえば、とにかく「やったもん勝ち」だと思います。作品を出すときに面白いか、面白くないかは、もはや自分ではわからないんですね。でも、出さないと前に進めないので、とりあえず出してみる。たとえボツになったとしても、その理由がわかれば、次の段階に進めるんですよね。だから起業したいという人も、悩んで何もしないより、まずやってみたらいいと思います。

雇用されて企業で働くということが合わない人って、確実にいるはずなんですよね。自分自身がそうですし。どういう働き方が一番なのかは人それぞれだと思うんですけど、いまの働き方に疑問を感じたら、スタートアップを検討してみてください。失敗しても、何度でもスタンドアップすればいいと思います。

今回お話をしてくださった福田秀先生が描く『スタンドUPスタート』の最新4巻が2021年8月18日発売となります。


話してくれた人:福田秀

漫画家。埼玉県出身。
『ミラクルジャンプ2014年11月号』(集英社)に、読み切り『JUMP OUT』が掲載されデビューを果たす。その後、『週刊ヤングジャンプ2016年1号』(集英社)に『ハイヒール』が掲載され、同誌2018年5・6号より連載した『ドロ刑』(全7巻)は、TVドラマ化もされた。2020年9月より『週刊ヤングジャンプ』にて『スタンドUPスタート』を連載中。最近気になることは登録し過ぎて把握しきれてないサブスク。


聞き手:嶋田康平

日本財団 経営企画部広報部 ソーシャルイノベーション推進チーム
大学院修了後、法務省に入省。犯罪者や非行少年の社会復帰支援に携わる。犯罪や非行をするもっと前の段階でできることがあるのではないかという思いから、日本財団に入会。現在は、社会起業家支援や若年女性支援に携わる。
『スタンドUPスタート』の中でも、3巻のパチンコ業界を描いた『白と黒』がお気に入り。ギャンブル依存症の母親とその娘や、依存症の回復施設が丁寧に描かれており、前職の経験を思い出す。


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