「産官学連携」はスタートアップの武器になるのか~蚕食品を開発するエリー・梶栗氏に聞く
蚕からできたチップスがある。意外においしい。蚕食品を通して環境負荷軽減や健康増進に取り組むのはエリー株式会社の梶栗隆弘さんだ。創業時には技術や研究者のコネなどはなかった。それでも、京都大学をはじめとする複数の大学や企業を巻き込みながら事業開発を進め、昆虫食市場をリードする存在にまで成長した。
そんな梶栗さんに、スタートアップが大学や企業とのオープンイノベーションをどう活用すればいいのかを聞いた。
「蚕」が秘めるポテンシャル
──はじめに、どのような事業を展開されているのかお聞かせください。
梶栗:「蚕」を原料とする「シルクフード」と呼ばれる食品を開発・製造・販売する事業を展開しています。
──なぜ「蚕」という領域で事業を始めようと思われたのでしょうか?
梶栗:前職が食品原料メーカーだったので、食品領域で、サービスではなく具体的なプロダクトを創る事業を始めたいと考えていました。ほかにも「将来的に大きくなる市場」「継続できる」「世の中の役に立つ事業」という軸で起業のタネを探していたんです。
創業した2018年当時はすでに「将来、世界的に食料が不足する」と言われていました。そこで「必ず直面する食料不足の課題を解決するプロダクトを作るほうが、チャンスは大きいだろう」と考え、いろいろ模索した結果「蚕」に辿り着いた、という経緯です。
創業当初、昆虫食のスタートアップ自体が国内には数社程度しかなく、蚕を扱うスタートアップは存在しませんでした。だから私たちは最初から「市場を創る」という思いで創業しました。
──「蚕」とはそもそも、どのような昆虫なのでしょう?
梶栗:蚕は昔から人と暮らしてきた昆虫で、養蚕の歴史は約4000年にも上ります。生物の中で唯一、完全に家畜化されていて、野生には存在せず、人の手がないと生きていけません。飼育が容易で量産化手法が完全に確立されている数少ない昆虫でもあります。
──「蚕」と日本の関係性も深いのですね。
梶栗:日本ではかつて全農家のうち約3分の1もの農家が養蚕業を営んでいて、絹の輸出が国益を担っていました。日本の近代化を支えたといっても過言ではなく、今でも養蚕との関わりが深い群馬などの地域では「お蚕さま」と敬意をもって呼ばれています。こういった歴史を背景に、日本は蚕の研究が世界一進んでいると言われていて、自動飼育の技術開発などが進んでいます。
当社はそうした「蚕」の研究成果を食品用途としての蚕研究に応用することで、日本だからこその昆虫食が作れると考えています。
──創業当初、「蚕」を食品にする技術はお持ちだったのでしょうか?
梶栗:持っていませんでした。私たちにはただコンセプトしかなくて、創業当初から大学と共同研究をする必要があるなと思っていました。
なのでまず、過去の文献から蚕の研究がなされていることが分かっていて、かつ共同創業者が卒業生でつながりがあった、京都大学技術イノベーション事業化コースというオープンイノベーションプログラムに申し込みました。技術シーズを事業化することを狙ったプログラムですね。それにより、食品の健康機能性研究を専門とする研究室とつながることができ、蚕の健康機能性を調べることになりました。
オープンイノベーション
新たな経済の仕組みを作ることにより、社会課題を解決することを目指す。インパクト投資においては、日本のエコシステム構築の中心的な役割を担い、インパクト投資に取り組む人材や組織の育成も行う。
梶栗:その結果、蚕には健康機能性の候補物質が約3,000種類もあることがわかったんです。豚や牛の健康機能性は数十種程度とのことで、含有数の多さにチャンスがあると考えました。期待される効果としても、抗酸化や美容、腸活など、市場性が見込めるもので、「蚕を『健康的な食品』という文脈で売り出せる」と確信しました。
大学とどう組むか
──京大以外の大学とは連携されていますか。
梶栗:京大以外だと、愛媛大の研究室とは蚕のヒトの筋組成への影響を調べようとしています。
──梶栗さんのように、大学の研究を生かして事業を推し進めていく起業家は今後増えていくと思います。そこで、大学とのコンタクトの取り方、関係性の作り方を教えてください。
梶栗:私たちのようにオープンイノベーションプログラムに参加することは、最初に考えてみてもいいんじゃないでしょうか。京大だけでなく東大ともオープンイノベーションプログラムを介して共同研究に至りました。東大と繋がったことで愛媛大とも繋がることができたので、ネットワークの波及効果も期待できるかと思います。
それ以外の方法だと、研究室のウェブサイトからメールアドレスを調べて、直接メールをすることもあります。私たちの感覚としては「対大学」ではなくて「対研究室」なんですよね。それぞれの研究室でやっていることがまったく違うので、研究室単位で研究内容を調べて地道に関係性を築くことが重要です。
──研究室側もメリットがなければ話を聞いてくれないのではないでしょうか。
梶栗:研究者の方々は基本的に、好きなことや興味のあることを研究されています。そのため、こちら側が提示する研究の内容が研究者の方々自身の興味と重なれば応じてくださる可能性は高いです。研究の予算がない場合は、一緒にJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)やNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成金・補助金に申し込みます。
最近は大学が主体的にオープンイノベーションプログラムを開催しているということもあり、ひと昔前よりも共同研究がしやすくなってきていると思います。研究を土台に作るプロダクトはエビデンスがしっかりあって質が高いので、スタートアップは積極的に大学・研究を活用すべきです。
共同研究の成果には企業も惹かれる
──共同研究をしたことのメリットをどこで感じられましたか。
梶栗:京大との共同研究結果があったおかげか、いくつかのアクセラレーションプログラムにも採択されました。稲畑産業のアクセラレーターを通じて、ベトナムの養蚕業へのコネクションができたり、大正製薬とは、アクセラレーターに採択されたのをきっかけに共同で蚕の栄養成分を分析し、プロテインスムージーの共同リリースに至ったりしました。
──スムーズに進んだのですね。
梶栗:そうですね。まず京大の研究結果があったこと、次にキリンのプログラムに採択されたことが大きかったと思います。キリンに採択された期間でキリンの設備をお借りして原材料のサンプルを作ることができたので。今では、食品業界など、企業側からお声掛けをされることも増えました。
──なぜそれほど多くの企業を巻き込めるのでしょうか?
梶栗:新規性があって、そのうえ伸びていく領域で勝負しているからでしょうか。SDGsという文脈で新規事業を探している企業にとってみれば、蚕食品が持つ社会性も企業側のニーズとマッチしていると理解しています。
2010年代の後半は、多くの大企業がアクセラレーションプログラムやオープンイノベーションプログラムを始めた時期だったので、ちょうどその時期に事業をスタートできたことも大きかったかもしれません。1つのプログラムに参加するとその実績から他の企業も関心を持ってくれたようで、結果的に複数のプログラムに参加することができました。
──そういったプログラムを活用する際のポイントは何でしょうか?
梶栗:プログラム期間中に実現したいことをしっかりと決めておくことですね。スタートアップ側が主体的に動かないと、プログラムに採択されたはいいものの、何も実現できない可能性もあります。
そして、見落としがちなのは、プログラムが終わった後のことです。やっぱり採択期間中が企業のモチベーションが一番高いわけです。プログラムが終わった後も企業と継続的に連携できるように、プログラムに参加している間にプログラム後の座組みを作っておくことも重要かと思います。プログラムスタート時にあらかじめプログラム終了後の理想像を共有し、プログラム期間はその理想を実現するために動くことをイメージすると良いですね。
地道な共同研究、企業連携の先にある未来への戦略
──まだ「蚕」をはじめとするいわゆる「昆虫食」を食べることには抵抗を感じる方が多いと思いますが、一般の人に売れる状態にするために、どのような戦略が必要だとお考えですか?
梶栗:実は、大手企業が昆虫食を売り始めたということもあり、昆虫食を食べることに抵抗感のある人は減ってきています。ただ、やっぱり「お金を出してまで食べたい」という人はまだ多くありません。また、私たちが掲げる「食料不足の解決」という社会性に惹かれて買う人もそう多くないと思います。
なので私たちは、いきなり主食としてではなく、まずはスムージーやチップスといった気軽に試せる形から始めようとしています。なおかつ、社会性よりも蚕の持つ健康機能性を推すようにしています。
──D2C(消費者への直接販売)を進めていくんですか?
梶栗:D2Cやそういった商品の開発は市場作りのためにやっている感じで、将来的にはサプライヤーとしてB2Bに集中できればと考えています。「食料不足の解決」のためには、より多くの供給を実現していく必要があり、D2Cには限界があるので。近いうちに食肉業界に参入することも目指しています。そうすることで、環境負荷の高い既存のタンパク質源を直接置き換えることが可能になりますし、蚕は他の昆虫食と違ってパウダーだけでなくペースト状にもできるという特徴を生かすこともできます。ペースト状にすることで、ハンバーグやサラダチキンのような肉に近い食感のプロダクトを作れます。そうして市場を大きくして、ゆくゆくは上場したいですね。
──今後の資金調達についてはどのように考えていますか。
梶栗:シードを長くやってきて次の資金調達がちょうどシリーズAです。できれば事業面でシナジーが生める事業会社に出資してもらいたいと考えていますが、これまでの企業連携の経験を踏まえるとタイミングが大事だなと感じています。事業会社もオープンイノベーションに積極的な時期とそうでない時期があるので。
──最後に、今後も共同研究をされていきますか?
梶栗:はい。今後は蚕の生産に関する研究も他の大学と組んで行う予定です。現実的に細かい研究をするためにも蚕の生産拠点は日本に持ちたいので、地方自治体との協業も視野に入れています。養蚕業の方だけでなく、蚕のエサを作る農家の方も巻き込んでいければと思います。
これまで同様、必要なタイミングで私たちが必要とする研究を行っている方々と組んで、オープンイノベーションを活用していきたいと考えています。